世界の果てに虚海があり、その東と西にはふたつの国があった 交わることのない二国には伝説がある 海上遥か彼方には、幻の国がある、と 選ばれた者だけが訪れることができる至福の国 豊饒の約束された土地に、富は泉の如く湧き溢れ、老いも死もなく、苦しみは存在しない 一方の国では蓬莱と呼び、もう一方では常世と呼んで多くの者が憬れた そんな私たちのいる蓬莱国から遠く離れた常世国のとある家に、ひとつの命が捥がれ誕生した 字を玲良、珠のように白い肌に心地良い産声、よく笑う可愛らしい女の赤子だった 後に、常世国である十二国全体に大きく影響を与える人間である 彼女が生まれたのは梟王崩御から間もない春の雁州国だった 荒廃進む里で彼女は育った 一時は次王への期待で持ち上がりを見せたものの、次王の登極はなされなかった 荒れ果てたまま土地、荒廃する一方の国を表すかのように人々の心は荒んでいた 「ねえ、どうして王さまは雁を救ってはくださらないのかしら」 年頃になった彼女は有能な地方官として日々働いている疲れ切った父親に訊ねた 幼心に父親が王になれば良いのに、とは思っていたが、それを口にはしないだけの分別が彼女にはもうあった 「そんな夢を抱くのは止めなさい、玲良。お前はその年で上士に推薦される賢いのだから。父さんよりも上の官吏になって自分さえ、家族さえ守っておくれ」 「……そう思うのは仕方ないことだから?」 「仕方ないか。まだお前は幼いから分からないだろう。こうして諦めることで、誰も救いようのない救いを自分で手に入れることができるように、この国はなってしまったんだ」 確かに救いようがない 官吏の父を家長に持つ彼女の家ですら日々の食事に困窮し、裕福な商家から援助を受けて生活している 妖魔から身を守るために、商家の家の一角に住まわせてもらい、母親は召使い同然に料理場で働いている 家を出れば、妖魔が人を喰う場面に出くわすことも少なくない 乞食の子供、大人が何か食べるものはないかと寄ってくる 彼女はこの家が嫌いだった 頑丈にはめられた鉄格子、外で聞こえる妖魔や人に襲われている悲鳴、好きでもないのに上から下を見下ろす感覚、極めつきは商家の子供たち 格段に良い着物を着、見せつけるように廊下の真ん中を通り過ぎる 召使でもない彼女に言伝を頼んだり、厭味を言う 外の世界は生きるのに精一杯なのに、このちっぽけな世界では全てが嫉みと羨みとどうしようもなくくだらないことでできている 「こんなこと、間違っている」 間違った世界に彼女は息を潜めていることがどうしようもなく、腹立たしかった 王が変わるたびに、この繰り返しでは何も変わらないのを本当に人は理解しているのかまだ幼い彼女は問いたかった |