事は時間をかけられない重大なことだった 今回ばかりは手に負えないと最初から分かっていた だからこそ、その安らかに眠ったように意識がない少女を大事に大切に真っ白な寝室に寝かせると急速に動き出した 見てもらいたい、聞いてもらいたい、そして協力して欲しいことがあると 「随分と急な話ですが、どうしたのでしょうか」 「会ってみないと分からない。ルーファのあんなメッセージ、初めてだ」 「……そうですね」 今まで厄介事を引き受ける際、大学などに待ち合わせして事情を聞くことが多かった それが今回はすぐにルウの自宅に集まって欲しいとのことだった それも、リィやシェラだけに限らず、生き返りの二人にも招集がかかったメールだったことに多少違和感も覚えた 「急ぐぞ」 「はい」 行ってどういうことなのか直接確かめるしかない 二人は頷いて、ルウの住むマンションの階のエレベーターボタンを押した 「……いらっしゃい」 「どう見ても、いらっしゃいって感じじゃないぞ。ルーファ、顔色が悪い」 「ええ。寝ていらっしゃらないのですか?」 「大丈夫、一晩だから」 一晩でこれだけやつれる人間も珍しいとシェラは、これから待ち受けているだろうことに身構えた 未知の生物か、はたまた人間を越えた何かか、余程の未解決事件か きっと自分の想像を超えているのだろうことは予想できた 「……じゃあ、先に二人に見てもらおうかな」 「ああ」 「はい」 距離的にリィとシェラの方が早く着いた 待つ時間が惜しいとでも言いたげにルウは廊下を歩き、ある部屋の扉の前で止まった 「本当に大丈夫か?」 「……うん。開けるね」 それでも、少し躊躇ったように扉の取っ手を握って数秒止まってしまったルウをリィは気遣うように手を添えた この二人だからこそ、分かり合えることがある 何か問題があることも、感覚的に共有できていることをシェラは知っていたので、部屋の中にゆっくりと後に続いた 「ああ、やっぱり夢じゃない」 そこにある、いるのは、つい先日に見知ったばかりの少女によく似ていた 彼女はルウのベッドでよく眠っているように見えた 夢じゃない、と掠れた声で呟いたルウは、近寄って彼女の手を愛おしそうに握った 「レイラ」 「やっぱり知っているんだね」 「どうしてレイラがルーファの家にいる」 「連れてきたんだ。レイラをもう一度、取り戻すために」 長い話になる しかし、様々な抱えている感情を交えることはせず、端的に話すことにしたルウは重たい口を開いた 「ルーファが悪い」 「……リィ。それはもう分かっていらっしゃるのでは?」 全てを話終わると呆れるように一言で言い切り、それでも力強い意志を感じさせる碧眼は見捨てることなくルウを捉えた シェラは一部始終の話を聞き、自身がこの事に立ち入ることは不向きであるように感じた これはただの人間には壮大すぎる話だ まるで御伽噺のような現実 「いいや、分かっていない。レイラは人として生まれた。それが突然、神やら何やらと文句をつけて記憶を消して、閉じ込めたんだ。それを迎えに行くと約束していながら忘れて、俺を見つけてその方に意識が向いた。まあ、その俺もその後しばらく放って置かれたわけだが」 昔からふらふらとしていた リィが若干の嫌味を含ませて言葉を口にした 「うん。エディの言う通りだよ。あの頃の僕は勝手で、何もよく分かっていなかった」 「あの頃?」 リィにぎらりと睨まれると、ルウは怯えたように訂正した 「……今もあんまり」 重症だ 彼女はルウのこのいつまでも深く考えることなく自分のしたいようにだけはする、どっちつかずの態度に業を煮やしただけなのだ 嫌なことであっても、対処しなければならないことは生きていれば必ずある そのことからルウは上手く逃げている気がした 人から頼まれたことはきっちりこなす、お節介まで起こすのに、自分から何かを起こすことに人間離れした解決方法しか思いつかない そんなこと望んでいる人間は少ないことに、まだ気づいていない 「俺らを呼んで正解だ、ルーファ。何も分かっていないルーファが一人じゃ、解決に百年以上はかかるだろうからな」 「あの」 「どうした、シェラ」 「レイラは結局、何者なのでしょうか」 彼女は眠っているには浅すぎる息をしている この間、出会ったときはあまり強調されていなかったが、こうして全て取り払って見ると漆黒の柔らかそうな髪に神秘的な近寄り難い美しさが滲み出ている 傍で見ていると少しだけ、昔の王女時代のリィに雰囲気が似ている気がするのだ 安易に近寄れない、近づけさせない、それでも人を惹きつけてやまない 「……神じゃない、人間でもない。レイラは、見た目の年齢がすでに止まっている。確か、ジャスミンと同じ年齢だよ」 「それは、もう」 人間と言えるのか 「レイラは俺たちより長く生きるのか?」 「分からない。前例がないからね」 「つまり、明日死ぬかもしれないし、何百年も生き続けるかもしれない?」 「……うん。本来なら、もう死んでもおかしくない年齢だから」 人間の感覚で生きてきた彼女からすると、誰にも相談できない悩みだったに違いない そして、その答えは誰も持っていない ただ少なくとも、もう人間と言える状態ではない 「それで?」 リィはルウとは逆の方から、彼女の白くてほんのり赤い頬に手を伸ばして包み込んだ 膝をつくと、彼女を挟んでルウと真正面に顔を突き合わせる 「どうするんだ」 ルウは微笑んで、その願いをようやく口にした 「迎えに行く。解決なんてできないかもしれないけれども、これからは一緒にいる」 リィは碧の瞳を細めて笑った 「分かった」 協力する、とリィが口にすれば、シェラもゆっくりと彼女に近づき、ルウとリィの顔を見て静かに頷くしかなかった どんな面倒事だとしても、この人が行くとやると言っていることを支えるしかないと思って、この世界に来たのだから |