euphoria

□海
1ページ/1ページ




叶わぬ願いだと知っていた
それでも、普通を願って努力していた
何年後かに再会した彼はそのことを止めるわけでもなく、それでいて少しの不安が滲み出た表情をした
彼はまだ彼女を迎えに来ない


「久しぶり」

「君の方から連絡があるとは思わなかったよ」

「どうして?」

「君は僕を嫌っているから」


それはあなたの方でしょう、と言いかけた言葉を彼女は呑みこんでルウに座ったら、と勧めた
二人がお茶と軽食を機械に注文すると、その機械はとても古びた音を響かせて、その場を後にして消えた


「今、レクサス寮にいるの。そこから高校に通っている。今回は長引きそうだから」

「……レクサス寮」

「気になる子たちを見かけた。前の任務でも二人ほど。つまり、四人ね」


どれも特徴のある子たちだった
そして、彼らも彼女のことを無意識に気にしている感じを受けた


「一人は、あなたのエディじゃないかしら」

「!」

「可愛いわね、あの子」

「そんな話をするために、呼び出したの」


視線をずらした様子からも確定だった
あの金色天使、リィはルウと契約を交わした相棒なのだ


「違うわ。レクサス寮にいる方の気になる子たちだけれども、ルウが何かしたの?」

「したとしたら?」

「綻びは上手く繋ぐべきって忠告にきたの。私、少し前にレティシアが死ぬ前に会った記憶がある。もちろん、私の生身じゃなくて精神の勝手な浮遊よ」


彼女が不本意にしろ、違う世界で寝かしつけたはずの子羊をルウは引っ張って連れて来て、挙句には揺さ振り起こしたのだ
滅多に会わないにしろ、彼女はそのことを何も知らなかった
彼女の痕跡が少なくとも彼には見えたに違いないのに


「……色々、気になる部分があるけれども聞かないでおく。忠告どうも」

「無茶はあまりしない方がいいわ」


本当に全て背負う気がないなら
彼女は生まれて間もないルウの弱い部分を沢山見たつもりだ
ルウは彼女を本当の底から連れ出すことをできないと諦めた
そのことを知らされずに待っていた彼女は周りから何て滑稽に思われただろう
そんなことを目の前で萎れたように座るルウは自分のことなのに知らない


「今の学生って、こんなに楽しいものなのね。レクサス寮もそうだけれども、高校も色んなことが学べて飽きない。私、こんな学生時代を過ごせたら、少しは違っていたのかしら」


もっと素直に言えたのかもしれない
とっくの昔にルウを許していること、もっと関わっていたいこと、その他にも沢山の悩みや闇を吐きだせたのかもしれない
しかし、彼女は心許せる友人を何人も作ったり、自分の望む道を模索したりする人生を歩めなかった
否、歩もうとしていたのに全て砕け散った
回り道をして、人間を辞めそうになって、それでも人間を愛して、それからはできるだけ人間であろうと決心した


「違ったところで、きっと君は君だよ」

「……そうね。生まれるところからやり直さないと、意味ない」


彼女は生を一度は否定された
その感覚を忘れることはまだできない


「そんな意味で言ったんじゃないよ」

「じゃあ、何!?」

「怒らないで。僕は君を怒らせたいわけじゃない」

「あなたって、どうして」


怒っていないと言えば嘘になる
けれども、許しているのだ
これ以上、互いにどうしようもないことの繰り返し


「どうして」


いつも喧嘩になってしまうのだろう
二人で会えば、喧嘩になる
相手への嫌悪感が広がっていく
止められない
本当の自分を互いに知っているのは二人だけだから
汚さ、惨めさ、人間らしいということ
片方にあって片方にないものを羨んで諦めて、願う
どうか自分が不幸になっても相手が幸せでありませように、と
そのことすら、無意識に通じてしまう
彼女はルウの相棒に似ていて、更に神の血の半分も確実に継いでいる


「私、まだ一緒にいたい」


闇と太陽と月
この三つが揃ったときに起こる最悪を彼女は幼い頃に生みの父親から聞いていた
彼女はその話に幼心ながらも涙し、父親は優しくその頭を撫でた
そんなことには決してならないから、と
あのときは逆のことだと思っていた
そんな悲劇は二度と起こらないからと、父親は言っていると理解していた
まさか、自分がそちら側であると知るまでは


「え?」

「だから……私はもう一度、自分と向き合うことにした」


喧嘩したっていい
何年、何十年、何百年かかろうとも自分の問題を解決してみせると考えていた
だからこそ、後回しにして他のことと向き合った


「もう一度、ルウが迎えにくるのを待ってる。私の大事な記憶の一部をあちらに送ったから」

「!」

「何、その顔。今度はちゃんとしてよね。私、いつまで普通の高校生やれるか楽しみにしてるから。じゃあね、そろそろお別れ……」


これは賭けだ
またどん底に突き落とされるか、ちゃんと優しい手が差し伸べられるか
以前とは違う
ルウには頼るべき相手が沢山いて、ただの感情に流されることもない


「さよなら」

「……レイラ!レイラ!?」


何だ
君じゃなくて、ちゃんと私の名前呼べるんじゃないの、と言おうとした言葉は頭の中だけに浮かんで口に出ることはなく、彼女はその場で意識を失った
彼女は未開の海に自ら飛びこんで、消えた


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ