euphoria

□赤い果実
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彼女は金色狼にすれば小さな石の欠片に躓いて転んだ
手に持っていた彼女の身長に不似合いな大きな籠からは、ごろごろと収穫されたばかりの赤い果実が金色狼の足元に転がった


「大丈夫か?」

「……大丈夫。ありがとう」


彼女は近所の農園から収穫のお裾分けとして貰った林檎が転んだ拍子に転がったのを掻き集めていたので、誰かが近付いて来るのに気付かなかった
もっとも、金色狼の足取りから普通の人間がその存在に気付くかは別問題として、彼女は普通の人間が近付いていることしか予想していなかった
幾らかか転がった林檎を集めて、籠に落し入れてくれた人物の顔を見たのは、全て拾い終わった後だった
そして、冒頭の会話に戻ることとなる


「近くの人?」

「いいや」


見たことがない顔だったので、彼女は首を傾げて聞いた
やはり、違うらしい
しかし、その顔にはどこか見覚えがあった
整った顔立ちの金髪の少女、と言うには違和感があった


「あれ、先に声かけたの?」

「……ルーファ」

「天使さん、こんにちは」

「こんにちは、レイラ」


ひょっこり顔を出したのは、こちらもいつからいたのかよく分からない天使だった
こちらは顔見知り程度の知り合いだったので、彼女は軽く会釈する
天使は彼女の持っていた籠を取り上げるように持ち上げた


「結構、重いね」

「あの!大丈夫です」

「いいから、いいから。こんなに重たいものを女の子一人で運ぶつもりだったの?」

「こんなにもらえるとは思っていなくて」

「家まで持つよ」


天使は綺麗に笑ったが、その言葉や態度が気に入らなかったのか、金色狼は素早くその籠を奪った


「ルーファ。その籠、貸してくれ」

「あれ?」

「俺が持つ」

「ふうん。ま、いいか」


行こうと天使に促されてしまったものの、彼女は見知らぬ人に籠を預けてしまったことに多少罪悪感を感じていた


「あの、やっぱり私」

「大丈夫大丈夫、任せて。ああ見えて、とっても力持ちだから」


天使の言う通り、金色狼は彼女と天使を追い抜く勢いで歩幅を進める
彼女は置いて行かれないように、必死に歩くしかなかった
彼女の家の前まで来ると分かっていたかのように、金色狼は籠を下ろした


「ありがとう」

「……ああ」

「ねえ、君たち。自己紹介はしたんだよね?」

「いや、まだだ」

「……まだ」

「だから、ぎこちなかったわけか。ほら、エディ」

「リィだ」

「レイラです」

「レイラ、この子はね……血縁上は君の双子の兄になる」

「?」

「よろしく、レイラ」

「どういうこと、ですか?」

「簡潔に説明すると、君とエディはこの世に同時に生を受けた。生まれる前に僕はマーガレットと赤ん坊を譲り受ける約束をした。僕に渡ったのがエディで、夫婦に渡ったのが君。きっと、エディがいなくても夫婦が悲しまないように君は与えられたんだね」

「レイラ、君はエディに似ているよ。僕が、どっちを貰おうか迷ったほどだ」

「……あんまり嬉しくない」

「俺も複雑だ」

「君が他のキョウダイと似ていないのは、マーガレットのお腹の中でエディの影響を強く受けたからだ。同じ金髪、緑に近い青い瞳、骨格……今でも生まれたときと遜色なく、君たちは似ているよ」

「そういうこと、だったの」


連れ去られた生き別れの双子の兄がいたことに最初は驚いたが、言われて考えてみたら納得できる
きっと父親は彼女を見て複雑な顔をしていたわけではなかったのだ
彼女を通して、目の前に佇んでいる存在感のある兄を見ていた
幻想を抱いていた
彼女から見れば、自分だけが別の生き物で
しかし、父親からは二つのものが見えていた
愛情も無意識に二倍、心配も二倍
それが一つの彼女にのみ、かけられた


「どうして、今頃になって」


両親は知っていたが、そのことを話すことはなかった
姉は幼い頃の記憶が微かにあっただろうが、口を閉ざしていた
弟、妹は未だに知っているか怪しい


「時が来たんだよ」


天使は変わらない笑みを浮かべて呟いた


「レイラもエディも、自分に似た片割れを知っておくべきだと僕は思った。その時期はあまりに幼すぎても駄目だし、大人でも駄目」

「そう」


天使に言われてしまえば、彼女は何となく納得するしかないように思えた
目の前の片割れは、居心地悪そうに綺麗な緑の瞳を伏せている
彼女は天使の笑みを真似て、金色狼に手を差し出した


「よろしく、リィ。……お帰りなさい」


手に同じ体温が伝わって、彼女の胸に空いていた穴がようやく埋まった



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