euphoria

□欠如した何か
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どうしてだか、聡い子だと家族以外の周囲に言われて育った
彼女は自我が生まれてから、自分の心の奥底にぽっかりと穴が空いているのに気が付いていた
両親は惜しみなく愛情を注いでくれている
姉とは姉妹としてとても仲良く、下の弟や妹たちはとても可愛い
環境的にも経済的にも恵まれていた
これ以上の何を求めているわけでもなかった
ただ何かが足りていない気がした


「こんにちは」


薔薇園で籠に散って落ちた花弁を拾っていた
手にその残り香が付いて、華やかな気分になる
匂いを堪能して、瞼を開けた彼女の正面には奇跡が起こっていた
羽根こそ生えていないものの、目の前に急に現れた者が自分とは違う生き物である、天使であることを彼女は確信した
綺麗という言葉が誰よりも似合う
闇の色をした髪、海よりも深い見透かされそうな青い瞳、線の細い体、柔らかい包み込むような声


「……こんにちは」

「君は……レイラ?」

「どうして、私の名前を知っているの」

「君が生まれた頃に会ったから」

「ふうん」


貴女は天使が授けて下さった子どもなのよ、と母親が言うことも強ち間違っていないのかもしれないと考えてしまう


「やっぱりキョウダイだからかな……似てるね」

「あまり他の子たちと似てるって言われたことないわ」

「うん。それはそうだね。でも、似てる」

「私だけ金髪なの。母さんは喜んで髪を梳いてくれるけど、父さんは複雑みたい」

「どうして?綺麗な金髪だよ」

「……嫌なことを思い出すみたい」

「え?」

「ううん。何でもない。私、もう行かなきゃ。父さんと母さんが遅くなると心配する」

「そっか。またね」


にこにことその場で手を振る天使に少しだけ微笑んで、彼女は踵を返した
その後姿を見つめる影が二つ


「細いな」

「エディ。君の双子の妹さんだよ。どう?」

「……どうって」

「彼女はきっとエディに一番近い」

「関係ない。帰る」

「そう」


帰ると言っておきながら、その後姿を食い入るように見つめる小さな金色狼の姿に天使は苦笑した
金色の髪は本当によく似ている
骨格も男女の差がある程度
しかし、彼女ではなく彼が白い太陽だった
生まれた二人の赤ん坊のうちの一人
彼の顔に二つ、緑の瞳が爛々と輝く様は正しく太陽だった


「父さん、母さん。ただいま」

「お帰りなさい。今日も沢山花弁拾ったのね。さあ、手を洗ってらっしゃい」

「ねえ、母さん。私、お庭で天使に会った」

「……ぶっ!!」

「まあまあ……ルウが来ていたの?黒い天使さん?」

「うん」

「レイラ!!!」

「何、父さん」

「今すぐ、こちらに来なさい」

「でも、手が汚れてる」

「良いから!」


彼女は父親の膝に招かれて、ちょこんと座った


「何をされた」

「何も。ちょっと、喋った」

「何を」

「キョウダイに似てるって、言われただけよ。私、あんなに綺麗な人、初めて見た」

「見てくれに騙されるな。あいつはな。あいつは……!」

「父さんはドミやチェイニー、ディジーよりも私が心配?」

「何を言って」

「私だけが金髪だから」

「そんなことは関係ない。レイラ、お前は特別な子なんだ」


何が特別なのか喋ってくれたことなどないのに、特別なのだと彼女に言い聞かせる父親の必死さはどこから来るのか彼女には分からなかった
きっとそれは彼女が生まれる前、もしくは生まれて自我が育つまでに起こった出来事に起因するものだ
気が付いた頃には、この状態だった
母親は貴女が可愛いのよと言うし、姉はよく分からないと複雑そうに眉を顰める
弟と妹にいたっては、何故だが分からず、その贔屓を少しだけ羨ましげに見つめている


「父さんは……」

「何だ。言いたいことがあるなら、言いなさい」

「父さんは、一度だってこの髪が綺麗だなんて言ってくれたことはなかったわ!私が他の子たちと似ていないのも、金髪なのも、全部全部気に入らないんでしょ!」


あまり反抗しない彼女の突然の堰を切ったような言葉の羅列に傷ついたのか、呆気に取られた父親は彼女を抱き止めていた腕の力を緩めた
その隙を狙って、彼女は膝から飛び降りる


「レイラ。少しお部屋で休んで、ね?」


母親は彼女をそっと呼び寄せると、軽く抱き締めて耳元で囁いた
彼女は大人しく頷いて、自分で言ったことに項垂れてとぼとぼと自分の部屋へと歩いた
彼女がいなくなったのを見計らって、母親は父親に話しかけた


「アーサー、レイラは私たちの前から急にいなくなったりしないわ。それにルウも許可なく、レイラを連れ去ったりもしない」

「……分かっている」

「あの子も、レイラぐらいに成長したのでしょうね。ルウが似ていると言ったのはあの子のことでしょう」

「もう、そんなになるのか」

「ええ。時が経つのは早いもの。干渉しすぎて、あの子どころかレイラにまで嫌われないようにしないと」

「分かっている!」

「分かっているなら、良いのです」


母親はにっこりと笑う


「レイラとあの子、上手く出会えるように……きっとルウが采配してくれます」

「何で、あんな奴に……!」

「レイラもルウを気に入ったようですし、これからが楽しみ」

「マーガレット!!」


彼女と金色狼が出会う日は、もう遠くない未来だった



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