euphoria

□怪獣の宴
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無理な頼み事を仕事柄、微妙な線で引き受けることがよくある
そのラインが恐ろしく絶妙なので、事務所には著名人の依頼も絶えない
彼女とも、最初こそ依頼人と探偵の関係で擦れ違った
歳月は流れて徐々に気に入られ、数少ない友人の一人となる構図が形作られた
それを不思議と受け入れてしまっていることに違和感はない
共和宇宙一有名な女優は今日も変わらず画面に輝いている



「舞台を観に来る気はないかしら?」



喩えれば菫のような女優、ジンジャーから彼女への連絡はいつも突然のことだ
しかし、今回はどうやら仕事の依頼ではないらしいことに少し安堵した



「また急にどうしたの?」

「前にわたしが芝居するのを観たいと言ってくれたじゃない。一週間後から公演で、場所はセントラルのアレクシス劇場よ」



そんなことを言った記憶が頭の片隅に微かにあることは確かなので、彼女は片手に携帯端末を持って予定やら場所やらを瞬時に検索する操作をする



「ああ、あそこね。しばらく案件が立て込んでて……千秋楽の前日なら寄れそう。この前、別の女優さんの依頼で行ったから場所は分かるけれども」

「相変わらず売れっ子女優並に忙しいんだから。分かったわ、舞台袖の特別席を総支配人を追い出して貸し切るから来て頂戴」

「いや、もっと普通の席は」

「ありがたいことにとっくに完売よ。用意できるのはそこだけ。誰かエスコート役に連れて来る?もう一人分ぐらい用意できるわよ」



ジンジャーが主演女優の舞台なら即時完売は当たり前のこと
それをまた目立つ席を用意してくれるとなると隠密の仕事である彼女は気が引けたが、ここまで話を進めてくれている友人と一応は呼べる人物に申し訳ないかと思うぐらいの一般常識はあった



「一席でいいわ。事務所の人間は私以上に忙しいし」

「ルウを誘わないの?」



一瞬、顔が横切ったが通り過ぎた人物を挙げられて、彼女は軽く首を横に振る



「あっちも何だか最近忙しそうなのよ。一体、今度は何をしているのかしら」

「もう、相変わらずなんだから。分かったわ」



まるで面白いことを一つ失ったかのように残念そうに言うジンジャーに彼女は苦笑した
相変わらずルウとの関係を何か勘違いをしているらしい
それを否定するのは何かとまた面倒なので、彼女は個人的に観劇らしい服をしばらく持ち合わせていないことを思い出してジンジャーに訊ねてみる



「行くなら夜会服を組み合わせて新調したいのだけれども、マーショネスで腕利きのデザイナーを知らない?時間もないし、色々と整えてくれる所だと、有り難いの」

「そうね。わたしもよく頼む人の連絡先を送っておくわ」

「ありがとう。じゃあ、また」

「ええ、どんな美人に会えるか楽しみにしているわ」



とても実年齢では考えられないぐらい可愛らしい顔でウインクするジンジャーに軽く眩暈がしたが、今回は逆に変わらない友人を自分が思いっきり驚かせてやろうと彼女は心に決めた



「ようこそお越しくださいました。ミス・クルー。ご衣裳を担当いたしますマルセル・ピノです。今回のお召し物はどのようなご意向でしょう?」

「ジンジャーの舞台を観に行くのに、相応しいものを」

「かしこまりました。何かご衣裳について具体的なご希望はございますか?」

「この首飾りに合うものをお願いしたいの」



使い道がないと嘆いていた宝石がようやく陽の目を見ることを、この贈り主に見てもらえないことを彼女は残念に思った
しかし、用途は突然にやって来るのだから仕方がない
今回使わなければ、またいつになるか分からないのだから有効活用に違いない
シックな青い箱に入っていたのは、純度が非常に高そうな大きな翠玉だった
これだけでも相当の値が張るだろうに、周りに施された繊細な金の装飾、雪より白い真珠がその緑の色を更に引き立てている
これほどの品は数々の女優の衣装を担当したピノでも見たことがなかった
目を凝らして見てみると、一層惹きつけられる
彼女はそんなピノの職人としての姿勢を確かめてそっと微笑んだ


「これが主体となるようなドレスに致しましょう。パールを織り込んだ白地に複数の緑の糸で刺繍を施した生地はいかがですか?」



彼女の採寸をしながら、ピノは宝石に生地を合わせて見極める
彼女もその指された生地を手に取り、物の良さを確認して頷いた



「良いわね。これに同系色、例えば青や薄い水色も少し足して刺繍して貰えるかしら」

「なるほど。先ほどのもの単体だと、少し落ち着きすぎましたね。では、紫の刺繍なども取り入れてはどうでしょう。瞳の色によく似合うと思うのですが」



彼女の瞳は青と紫が綺麗に混ざった不思議な綺麗な色をしていた



「あら、ありがとう。それもお願い。デザインは任せるわ。他の装飾品も観劇までに幾らか見繕って貰える?ドレスに合わせて私が選びたいの。代金も……今回は任せるから」

「ありがとうございます。畏まりました。ではまた当日、お時間にお待ちしております」

「ええ、お願いね」



まさかそのときには彼ら怪獣夫婦と同じ席に座らされるとは考えていなかった彼女は優雅に余裕の表情で店を去った





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