euphoria

□瑕
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儚い命が散る瞬間を時に任せて待つ
たった一度の人生だから、何もかも自分の望むように生きようと生きた
生まれて老いて病気になって死ぬ
当たり前のことが、当たり前の概念ではなくなった日
考えることを止めようと自然に脳は停止した



「ごめんね」



どうして貴方が謝るのだろう
誰かが悪いことでもしたのだろうか



「君は、怨むのだろうね」



綺麗な人は目にいっぱい涙を溜めて、その綺麗な滴が徐々に落ちてぽたぽたと床を濡らす
天使が泣いている
可哀想に、たった一人で何を抱えているのだろう
助けられないのだろうかと手を延ばしてみると、案外簡単に黒い天使の白陶器の頬に触れることができた



「!」

「ねえ、泣かないで」



私が一緒にいてあげる
その声は声にならない声になって、天使の心に届いたのか更なる水音と嗚咽が鼓膜を響かせた



「……どうして、そんなこと」

「ねえ、笑おう」



きっと笑った方が目の前の天使は何倍も綺麗なはずなのだと、その姿を見たこともないくせに思ってしまった
見たことがない
いや、見たことはある
何処で、誰が、私が、私の友人、私



「天使さん、私は誰だったの?」

「え?」

「天使さんのことも、知っている気がするのだけれど」



それが誰だったのか、もう思い出せないの
力が入らない私の体を天使は軽々と持ち上げて抱き締めた
まるで何かから私を守るかのように、少し怯えた表情で歩き出す
ようやく下ろされた場所は先ほどまでの白一色の部屋ではなく小さな小屋のある、花々が美しい場所だった



「何も聞かないで」

「え?」

「君は人間じゃない。でも、人間として暮らしていた。少しだけ長い時間、僕が生まれるまで」

「貴方が生まれた」

「君は世界を何れ壊す」

「世界」

「君は生まれてはいけない存在だった」

「存在がいけない?」

「聞いて」

「うん」

「君は人間と神の間に生まれたねじれの存在。本来交わってはいけない世界を繋ごうとしている。それは無意識で、君が悪いわけじゃない。寧ろ、君がいたことを僕が見つけられて良かった」

「何故、泣いたの?」

「だから、質問は受け付けられないんだ」

「そう」

「君が生きることができる世界を僕は探す。僕以外手の届かない場所を君にあげる。それまで、ここにいて」

「いいよ」

「いいの?」

「だって、質問は駄目。私は何が何なのか頼りは貴方しかないもの」

「そうだったね」

「約束して」

「何を?」

「私を絶対に迎えに来るって」



無機質だった天使から陽だまりの匂いがした
抱き締められていると判断するのに、数秒かかった
そして、生暖かいものが頭に落ちるのが分かって、この天使はどこまでも泣き虫なのだと諦めに似た気持ちを抱いた



「約束する」



今はどんな言葉よりもその天使の言葉が信じられた



「何だか疲れた。また眠く、なっちゃっ……」



頭に響く声は天使の声
レイラ、レイラと名を呼ばれて、ようやくそれが自分のものなのだと気が付く
母親が子供を呼ぶ声、子供が母親を呼ぶ声、愛しさに溢れたその声を聞けるだけで、ただただ幸せに深い眠りに落ちた
何か重要なことを忘れている気がしたが、そんなことどうでも良いと思えるほどに、幸福感を味わった






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