euphoria

□ソフィアの正餐会
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聖ソフィア学院の中等部二年はその日、転校生を迎えることになっていた
この学校で転校生など希だからか、どこからともなくその情報は生徒の間に伝わって、どの教室もその話題で持ちきりだった
大体、囁き合っている内容は同じものだ
どんな子がどんな理由でこの途中の時期に転校してくるのか
学期の変わり目ではなくこの時期に
だから生徒たちは余計に興味津々なのだ



「多額の寄付金を積んだのよ、きっと」

「いやだわ。そんな人がここに通うの?」

「あら。転校生は2人だって私、上級生に聞いたわ」



二人と言うと



「昨日、転校してきたあの銀髪の子以外に二人ということ?」

「ええ、なんでも……」



始業時間前の鐘の音が生徒たちを引き裂く
生徒は皆、行儀良く着席して先生が来るのを待つのだ
一時間目の授業を受け持つ中年女性のバイエル教務主任の後ろに立っていた少女たちに教室中の目は向けられていた
今朝は誰も先生に会釈することなく真っ直ぐと少女たちを見つめていた
その少女たちは花もあざむくばかりの美少女たちだったのだ
一人は漆黒の髪に白い肌
瞳は輝く夏の海のようにさわやかで頬は薔薇色に匂い立っている
もう1人は蜂蜜を重ね合わせたような深い色のふわふわと綿毛のように柔らかそうな髪に向こう側が透けそうな白い肌
瞳は髪とは正反対に大人びていて青紫という珍しい色
頬は薄紅に染まっている
生身の人とは思えないほどの美貌に生徒の口からは感嘆の声が溢れ出た



「静かに。転校生を紹介します」

「今日から皆さまと一緒に学ぶことになりました、アルシンダ・クェンティと申します。彫金と声楽を専攻に取る予定です。よろしくおねがい致します」

「同じく転校して参りました、レイラ・クーアです。絵画と演奏分野のピアノを専攻に取ります。中途な時期の転入ですが、よろしくお願いします」



二人の少女はそれぞれにこりと教室全員に微笑むと互いに転入生を見比べてまた微笑んだ
両方とも理知的で才気も礼儀も際だっていることが感じられる
級長のエリカ・グレイムは立ち上がると自己紹介の後に、こちらこそよろしくと挨拶を返した



「ようこそ、聖ソフィアへ。あなたたちを歓迎します。アルシンダ、レイラ」

「わたくしのことはどうかルウと呼んでくださいな」

「わたくしもレイラでいいわ」

「いいわ、ルウにレイラ。わたくしはエリカ。よろしく」



教室の生徒たちは次々と立ち上がって短い自己紹介をした
その度に転校生の二人は微笑んで、その飾らない笑顔に生徒たちは好印象を抱いたのだった
バイエル先生の授業が終わると移動時間である
この時に生徒は全員が文法の教室に移動し、エリカを筆頭とした少女たちは早速ルウとレイラを取り巻いて情報収集しだした



「ルウとレイラはどちらのご出身なの?」



転校生2人は互いに顔を見合わせ、レイラは困ったように、ルウは恥ずかしそうに自分の故郷のことを答えた



「わたくしは、」

「ファミリーネームで思ったのだけれど、レイラはもしかしてもしかすると、クーア財閥系列の?」



エリカがすかさず言ってくれたのでホッとしたのかレイラは肩の力を抜いて話し始めた
生徒の誰もがその財閥の実態はよく分からないし、知らない
しかし、クーア財閥を知らない者はいないだろう
共和宇宙上で最も富を持つ家であると同時にその家の歴史は深いとは言わずとも浅いとは言えない



「お父さまは何をしていらっしゃる方なの?」



耐えきれなくなったのかある生徒がレイラに尋ねた
横でエリカが失礼よ、と小突くがレイラは笑ってそれを止めた



「趣味で研究室に閉じこもってるわ。でもそれは仕事じゃないみたい・・・仕事の方はやはり経済界ね。時々、本社に顔を出す程度らしいけれど、わたくしもよくは知らないの」

「まあ」



やはり大企業、大財閥は違うものだ
少しの情報も例え、それが娘であっても漏らさないところは流石と詠嘆するしかない



「では、レイラはどの血筋にあたるの?」

「曾祖父がクーアの創立者と言えば分かりやすいかしら」



周りの少女たちは固まった
でも、すぐにその意味を理解することとなる



「あの、では……」



少女はああ、と思い出したように言って苦笑した



「残念ながら権力はないわ。本家の人間はもう生きていないし、資金運営自体は会社がやっているからわたくしの家はほぼ何もしない状態」

「それでも凄いわ」



ルウの納得したため息を聞いてもまだ首を傾げる一同



「つまりは叔母様や叔父様にあのクーアの二代目三代目を持つのよね」

「あら?よく分かったわね」



そう言って朗らかに笑う少女を見て一同は血の気が引いた
のんびりした口調のため、あまり察すことができないが明らかに将来はクーアの関係者になることが予想される
この少女はもう残っているのは自分の家だけだと口にしたのだ



「レイラは将来は経済界で名を馳せることになるのね」

「そんな力はないって言っているでしょう。わたしも興味があれば、その方向に進むのだろうけれど、もっとやりたいことがあればそちらに向く可能性だって否定できないわ」



力が無くとも、されどクーア財閥
この学校に入るだけの値打ちに値したのである



「でもね、去年の暮れに母が眠りについてしまって。わたくし寂しくてずっと家から出られなかったの。やっと苦労して父が見つけてくれた学校は受け入れ人数が一杯で編入できなくて。聖ソフィアで編入試験を受けたときは本当にほっとしたわ」

「まあ、お母さまが」



気の毒そうな視線が向けられるものの、レイラは悲しそうな顔ひとつせずに吹っ切れたように笑った



「学校なんて初等部以来だから不躾なところもあるでしょうが、仲良くしてください」

「そんな、こちらこそ。仲良くしましょうね、レイラ」



転校一日目
本職は流石と言うべきか、もう周りはすっかり不信感を抱くことなくレイラの口調に騙されてしまっていたのだった



「だけど、転校生が三人も続くなんて珍しいわ」



エリカに視界に入る建物を案内してもらいながらレイラとルウとは昼食を取る食堂へと向かって行った



「あら、レイラとわたくしの他にも?」

「ええ、一年生でいるのよ。とっても綺麗な子。わたくしと同じ寮だから紹介しましょうか?」

「そうできたら嬉しいわ」



点在する校舎からは生徒たちが続々と集まって来ていた
聖ソフィアの生徒は皆同じ食堂で食事を摂るからだ
仲良くエリカ、ルウ、レイラは食事を取り終えると席を立ち、食堂内を移動する
席順は決まっているから一年生のいる辺りもだいたい見当がつくのだろう



「いたわ。あの子よ」



その後ろ姿は恐ろしく特徴的なものだった
近くにいる子たちもそちらが気になるようでちらちらと窺っている
当然と言えた
その少女の髪は腰まで流れる新雪のような銀色だったのだ



「髪を染めるのは規則違反じゃなくて?」

「と思うでしょう?地毛なのよ、あれ」



エリカは苦笑いしてその銀色の髪の少女に声をかけた



「ごきげんよう、エリカ。そちらは……」



一年生に囲まれて佇むその少女は相当人気者のようだ
しかし、こちらを向く一年生は皆、転校生二人を見てぽかんと口を開ける



「それが意外なことにあなたのお仲間たち。今日転入して来た二年生よ」



少女は目を丸くした
それと同時に動揺が瞳に浮かぶ
瞳は紫水晶に似た綺麗なすみれ色
非の打ち所がない銀細工の人形のような少女だ
他の少女たちの好奇の視線のとため息の中で、少女は立ち上がった



「まあ。嬉しい!わたくしはシェリル・マクビィです」

「わたくしはレイラと呼んでください。学年は違うけれど、仲良くしましょう。あなたの方がここではちょっと先輩なのだから、いろいろ教えてもらえるかしら?」

「もちろん。喜んでお役に立ちます」



少女ははにかんで笑った



「あら、レイラばっかりずるいわ。わたくしのことはルウと呼んでくださいね。あなたは、シェリー?」

「いいえ、シェラです。どうぞよろしく」



この三人はどうやら一目で意気投合したらしい
思わぬところに、思わぬ仲間がいてくれたことに嬉しいと思っている様子がありありと伝わってくる



「エリカと同じ寮と言うと……シェラはウォルター・ハウスかしら?」

「正解です。明日から週末ですもの。ぜひ二人とも遊びにいらしてください」

「ええ、きっと伺うわ。わたくしはウェザビー・ハウスに入ることになっているの。わたくしの方にも来てくださいね」



手を握って約束を交わす三人を周りは微笑ましく見守っていた



「レイラはどこの寮かしら?」

「わたくしはミラー・ハウスです。三人とも違う寮なのね」



レイラは少し残念そうに呟いた



「学校側も早く生活に慣れるように配慮してくれているのでしょう」



シェラがそう言うとレイラは納得したのか頷いた



「でもその前に三人とも。明日は月に一度の舞踏会よ。おめかししなきゃ」



エリカは誰よりもはしゃいだ様子で三人に言ったのだった






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