euphoria

□檸檬の香
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噂は情報である
些細なことから重要な問題に発展し、自らを破滅に追いやる決定打になり得る
関わりを断つことはできない
だからこそ、せめて敏感にいることが自らを守る術
まだ未発達な少年少女が情報を操ることが幾らできるかは分からないが、確実にそれを手玉に取って遊ぶ者がいた



「彼女と話したか?」

「……ああ。例の子だろ?」



綺麗な女の子がレクサス寮に入寮して来たという噂話を片耳で聞いて、そのもう一方の片耳にはイヤホンを突っ込んで色々な最新情報を手に入れる
しかし、その人物も大変だと少年と青年の狭間にいるように見える人物は溜め息を吐いた
同寮の高校生がまだ連邦大学惑星に不慣れなその少女に偉くご執心で、街を昼夜を問わず案内して回っているようだという話だった
彼女の情報を面白半分に彼は集めた
寮は同じであっても彼とは全く違う高校に編入したばかりで、彼女の正体は未だはっきりとは分からない
本来なら寮生の前で紹介があるはずなのだが、レティシアとヴァンツァーは別件で席を外していて生憎その場に居合わせることができなかった
黒髪で珍しい青紫の瞳をしていることは話の途中で出てきたが、綺麗所を集めたという連邦非公認サイトにはまだ写真は上げられていない



「何をにやにやと調べている」

「ああ、ヴァッツ。帰ったのか」

「図書館に行っていた」

「相変わらず熱心なことで」



彼らは互いに生き返った者だった
レティシア・ファロット
ヴァンツァー・ファロット
親戚でも何でもない二人だが、過去に同じ集団に所属したことからファミリーネームが同じだった
これはシェラにも言えることである



「レイラ・クルー、誰だそれは」



走り書きしたメモを取り上げると、ヴァンツァーは顔をしかめた
もう少し普通に大人しくできないのかと嗜める風でもあった



「この間、レクサスに入寮して来た奴。俺ら、例の王妃さんらの野暮用で全然知らないだろ。何しろ、俺もあんまり知らない寮の奴が惚れたらしくて」

「お前も暇だな」

「まあね。これが珍しい青紫の瞳の綺麗な子らしい」

「……青紫」



ヴァンツァーは何か思い当たる節があるのか首を緩く傾げた



「何、もう知り合い?」

「いや」



明らかに挙動不審なヴァンツァーに、レティシアは何も言わずに通信機器の電源を落とした



「これが王妃さん近くの関係だったら犯罪の臭いがしたけど、考えすぎか」



にかっとレティシアが笑うとヴァンツァーは珍しく何も言わずに、いつまでも黙ったままだった



「やっぱり気になるな。あの昨日のヴァッツの態度」



次の日、レティシアは寮前で例の少女を待っていた
授業後、出掛けるとしても平日だから鞄を置きに来るだろうと懸けた
運が彼に味方して、いつも大学で受けている最終授業が急に休講になったからできる荒技だった
しばらく待っていると、寮で見覚えのある友人が次々帰って来るのに愛想良く手を振る
レティシアが何故寮に入らないのか寮生たちは不思議に感じながらも、その疑問をレティシアは軽くかわす



「レティー?どうした、こんなところで」

「……誰か待ってるの?」

「ああ」



知り合いが歩く輪の中で、一際目立つ見知らぬ黒髪



「そちらの可愛らしい子は?」



彼女やその周囲が不信感を募らせる前に、レティシアは近付いて手短な友人を突いて口を開いた



「ああ。そういや、レイラが入寮したとき不運なことにレットはいなかったな」



周囲でまだ初対面であるレティシアに対して軽口が叩かれるが、そんなものは二の次でレティシアはその姿を真正面から見て、噂のと頭に止めた



「初めまして。レイラ・クルーです」

「レティシア・ファロット。もう一人、俺と同室の奴も入寮のときには席を外していてさ。遅くなったが、ようこそ」



不思議な感じがする綺麗な人形のような少女だった
緩く波打った髪は彼女の雰囲気の柔らかさを表すかのように、その顔の真ん中にはきらきらと特徴的な瞳が輝いて興味深々にレティシアを覗いている
将来は相当な美人になると期待できるだろう



「レティシアさん」

「レティーでいい」

「じゃあ、レティー。またその方も紹介して頂戴ね」

「ああ、いいぜ」

「レイラ。先、行ってるわね」

「ええ」



彼女は社交的で次々とレティシアに疑問を投げかけて仲良くなろうとしてくれるので、レティシアも話しやすかった
普通、これぐらいの美人になるとその顔の良さを武器に性格が歪んだりしていてもおかしくないのに、その様子が全くなく、口ぶりから何処かの良家の子女らしい雰囲気が滲んでいた



「俺たち、転校生仲間だな」

「会えて良かったわ。ここは良いところだけれども、少し平和すぎるから」

「へえ。そんな物騒なところから?」

「秘密」

「まあ、またその内話してくれよ」

「……案外、鈍いのね」

「へっ?」



彼とは彼が死ぬ前にも一度出会ったのに、薄情なことにすっかり彼女を忘れて日常に溶け込んでいる
彼女は空に独り言を呟いて、レティシアに寂しそうに微笑んだ






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