近いようで遠く、届きそうで届かない まるで夢を見ているかのように柔らかく幸せなのに、急に氷を頭に落とされたかのように冷たく寒い 出会って別れて、二度と会わないのも縁 また偶然にも会うのも縁 でも、また会う予感を彼女はもう外さないと決めている ある曇り空の日、彼女は学生に幅広く利用されている連邦大学付属図書館に足を運んでいた 彼女のような学生か一般か分からないちょうど中間のような不思議な風貌をした者は少ないものの、高校生や大学生、明らかに一般市民の姿も多く見受けられた 図書館の一角に設けられた居心地の良さそうな中庭では、小さな子供が親に付き添われてたどたどしく歩いていた それを横目に見ながら彼女は目を細めた きっとあの子供が大人になる頃、まだ彼女は今とそれほど変わらない姿で燻っているのだろう 彼女は館内の案内地図で一度立ち止まり、また思い出したかのように足を進めた 図書館に幾つも並ぶ機械を器用に操作し、本日のお目当ての本を見つけると場所を記憶して場所を辿る まるで迷路のような館内で職員のレファレンスを受ける者が多数の中で、彼女は颯爽と歩いていた 書庫の薄暗い曲がり角を曲がるところまで、その足取りは順調そのものだった するりと滑らかに仕事の癖でいつものように彼女は曲がると、柔らかい黒い壁に軽く弾かれた 大して痛くはないが、こんなところに壁があるはずがないと記憶していた彼女は咄嗟のことに受け身を取れずに尻餅をついた すみません、と彼女が口を開きかけると上から静かに機械の如く手が下りてきた 「大丈夫か?」 「すみません。大丈夫です」 手を貸してもらい立ち上がると、少し上に彼女がぶつかった人物の顔があった 高校生ぐらいだろうか ルウよりも艶のある質感のある黒い髪、整いすぎた容姿が歪にも青年を美化していた ここまで徹底されると最早感動ものだ 彼女はまず圧巻とでも言いたげに、まじまじとその顔を眺めてから今更ながら失礼だったかと視線を下に落とした 色んな神がかった者を見てきたものだから、人の美醜には比較的厳しい目があると彼女は思っていたが、自分はまだまだだったようだ 青年は今まで会った者たちとはまた違った美しさを持っている 十人いれば、十人が振り返る美人と言い切れる 「……あ」 再び青年を直視する気にはなれずに下に視線をやると、自然と青年の持つ書物に目が向いた 彼女のお目当てが青年の手に収まっていたにはあった 今回はここまで来たことが無駄足だったようだ それにしても、一般から見ても小難しげなこんな本を近頃の高校生は借りるものなのだと彼女は素直に感心した 一方、ぶつかられた相手の方もそのまま突っ立って微動だにしない彼女に疑問を抱いていた 最初、ぶつかったときは正直しまった、自分の感覚は鈍ってしまったのかと思った 相手は女で、最初はいつも自分に対して女が持つ勝手な幻想を抱いているのと変わりない反応だった しかし、顔を数秒見つめた後には興味は余所に逸れたようだった それに、この一帯は経済の貴重な専門書ばかりが納められている場所で、高校生ぐらいに見える彼女のような者が興味で来るような場所ではない 「あの、それ借りられるんですよね」 羨ましげに彼女は青年の手の内にある本を見つめた 何のことか瞬時に分からなかった青年は口を閉ざして思案した 「……貴方が先なら仕方がないか」 彼女は微笑んで負けを認めて踵を返した 青年はその笑みに記憶を引っ張られて、気づいたら彼女の後ろ姿に手を伸ばしていた 無意識のことに青年自身が驚いて目を見張った 彼女を何処かで見た気がした そう、この世界ではない 「王妃」 「……?」 彼女は帰ろうとしていたのに、急に肩に触れられて不思議な名前で呼び止められ、終には見目麗しい青年にじっと見つめられて困ったように眉を下げた 「どうかしましたか?」 「……すまない。知り合いに似ていたものだから」 知り合い ルウが魂の部分で彼女に似ている者を知っていると言っていた 目の前の青年もまたその人物に関わりのある人なのだろうか 彼女は何となく勘づくと悪戯っぽく笑い、大して気にしていないと首を横に振った 「また会いましょう」 機会が縁がきっと導いてくれている未来が見える 彼女はすっきりしない表情の青年を置き去りにして姿を眩ました 「また……?」 青年が触れた華奢な彼女の肩の温もりは手の中からしばらく消えそうになかった |