平穏の中に潜む不穏な空気を無意識に感じ取る何かと巻き込まれる立場になるのは次第に慣れた 体の力を抜いていても、何年かで体に染みついた癖は抜けない けれども、その合間のほんの些細な瞬間にやって来る休息で、今は十分満足している 「付き合ってくれないか?」 真面目に神妙な顔つきで通信機器に彼女と向かい合っているのは、滅多に連絡など寄越さない人物だった そもそも惑星を飛び回るような探偵をしている彼女と、一応は普通の高校生をしているヴァンツァーとは日常的な関わりは皆無に近い 「リィたちでは駄目な用事?」 「……できればお前だけにお願いしたい」 「いつ、どこに付き合えばいの?」 「いいのか?」 「あなたが頼んできたんでしょう?予定さえ空いていれば、断る理由なんてないのよ」 彼女は鈴の鳴るような声で少しだけ笑った 彼女のぺらぺらとスケジュール帳の開く音が鳴り止むと、ヴァンツァーはまた話を続ける 「来週の土曜日、グランピア大陸レノックスで行われている文化芸術祭だ」 「行けるわ。その日は一日フリーだから。でも、意外ね。あなたは芸術に時間を費やすよりも勉学に取り組んでいる印象があったから」 彼女の探偵事務所を不本意ながら一時的に手伝ったときでさえ、レポートに追われていた男だったのは事実なので、ヴァンツァーも彼女の言葉を否定はしない 「最近、違う方面にも興味が湧いている」 「もしかして、失礼なこと言った?」 小首を傾げる姿は小動物の動作に似ていて、彼女が自分より明らかに長い歳月を重ねてきていることを忘れてしまいそうになる 本能的に何をすれば今の自分の姿に合うか分かっているのだろう彼女は完全な玄人だった 「そんなことはない。俺が勉学を最も優先しているのは事実だからな」 「相変わらず、真面目一辺倒の人間。私も彫刻や彫金の分野に興味があるの。そういうのもあるのかしら?」 「こちらで調べておく」 「それにしても、誰かと休日に出掛けるなんて久しぶり。一般市民的な普通の感覚が鈍っていないと、いいのだけれど」 「大丈夫だ」 その点は恐らく恐ろしく問題ない 彼女はリィやシェラ、ルウに比べると随分と一般市民に近い印象をヴァンツァーは持っている 画面の中で、ヴァンツァーの言葉に安心したように微笑む彼女は精巧に造られた美術品のような顔立ちで、何より青紫色の深い瞳は文句なく美しかった これならヴァンツァーの横に並んでも、彼女が自分の容姿を周囲から並んで見られることを気にして気まずい思いをせずに済みそうだった 「前よりも生気があるな」 「仕事が大分片付いたからかしら」 緩く波打つ漆黒の髪は彼女自身のもので似合っていて素直にとても可愛らしいと思える 以前に会ったときの金に染められていた髪は不自然さが拭えなかったのはヴァンツァーの勘違いではなさそうだった 何がと言われれば正確には口にできないが、初めて会ったときから彼女は否定したものの、彼女はリィによく似ていていた それも以前の王妃と呼ばれていた頃に近い何かに似ていた 外見だけなら兎も角も、骨格の部分や意志の強そうな瞳、血は繋がってなくとも何らかの繋がりを見出せるものを持っていた 「じゃあ、また会ったときにゆっくり話しましょう」 「ああ、また詳細は連絡を入れる」 「お願いね」 互いに過去を気にして生きているわけではない 何よりも彼女が今を充実して生きているその理由が全ての答えだった ふとした瞬間に廻ってくる非日常と日常を目まぐるしく経験し、今はただまだ日常に互いに浸りたい気分になった、二人の合意はただそれだけだった |