普通の学園生活とはほど遠いものだとしても、学ぼうとし学べるものがあるのなら、とても幸せなことで幸福な学園生活と言えるのではないだろうか もう一度だけ学生をやり直したいと誰しもが思うが、実際にそう行動できるものはいない 誰しもがかけがえのない時間を知らぬ間に過ごし、大人となる 人と呼べないかもしれない彼女も例外なく 「ミス・クルー。この書類の処理と終わったらキャンベル大の宗教学科に連絡を頼まれてくれないかしら。用件の概要はこれに書いてあるから」 「分かりました」 「あと、この件については終わるまであなた主導の担当になるから、頼んだわよ」 「……はい」 しがない事務員として潜入したヴァラドン高等学校、ヴァラドン大学の付属校で彼女はいたって普通の仕事をこなしていた 教員免許も取得しているので教師として潜入しても問題はなかったのだが、今回の依頼はとある女生徒の素行監視で、彼女よりも男のほうがその役割には向いている かと言って彼女も手が空いているので、たまにはのんびりと普通の仕事をこなすのもいいかと思い、半分フォローの役割で潜入した 平穏で何の変哲もない職場で、彼女は毎朝決められた時間に出勤し定時で仕事を終える そんなことを繰り返して早数週間 仕事の要領が分かり始めた部下に上司が仕事を任せるのは、どこにでもある光景だった 特別講師をその大学に留学している珍しい星の留学生に頼むらしい 他の高校での前評判が良く、噂を聞き付けたヴァラドンの保護者から是非この学校でもと声が上がったらしい ライジャ・ストーク・サリザン 惑星トゥルークの僧侶でキャンベル大学宗教学科の留学生 他の高校から回ってきた資料の写真からは随分と派手な人のように思えたが、その眼差しと髪、刺青は確かに服装に負けないほどのものだった 詳しいことは直接問い合わせるしかないらしい 彼女はキャンベル大学に約束の電話を入れてから時間までに他の仕事を先に片付け、出かける準備をした 「今からキャンベル大に行ってきます。今日はそのまま直帰するので」 「分かったわ。経過報告だけ、私のアドレスにお願いね」 「分かりました。お疲れ様です。お先に失礼します」 彼女の机は綺麗に整理されていて、埃一つない 入って来てから今までの様子を見て、周りの反応も良かった 仕事が普通の新人より呑み込みが早く、気もよく付く その割にこの高校の生徒特有の高慢ちきな態度にめげずに?触発されずに、控えめで感じが良い 「彼女、良いですね」 「そうねえ。前も連邦大学に関係ある部署の事務所にいたらしいわ。今回こそは使える人材で何より」 「最近の子は長続きしないですからな」 「ええ。下が育ってくれると、私も肩の荷が下りるのだけれど」 今は感触が良くても、一年後どうなるか保証はない 仕事とはそんなものだと分かっていても、一緒に頑張る仲間が変わらずに良い関係であれば尚更良い 彼女には期待してみようかとすんなりと自然に周囲も考え始めていた 「彼は講義を滅多にしません。留学生でも、学生に変わりはないですからね。彼には僧侶の戒律がいくつもあって、その中でも注意すべきなのは女性に触れられない点です。その辺りを考慮して、今までは男子校を中心に地方文化の講演を行うように大学側も勧めてきました。しかし、今回何故か彼は講演依頼を受けました。共学校なら断ることが普通なのに、です」 キャンベル大学の担当者は苦い顔をした あまり彼を危険な場所に置くのは留学生を責任を持って預かっている立場からすれば、好ましくはないのだろう しかし、そんな彼が何故今回の講演を引き受ける気になったのか、彼女からすればそれこそが一番不思議だった 「あなたを決して特別扱いしているわけではありません。女性は彼と同じ席に着くことができない決まりになっています。よろしいですか?」 「はい。分かっています」 それならそもそも女性と男性との距離が近いこの惑星に留学する必要がそこまでしてあったのかということは本人に聞いてみないと分からないのだろう 担当者は固い顔で彼女の言葉に頷いた 彼のいる会議室の扉が開く 立ち姿には若いのに威厳があった 異国独特の厳かなる雰囲気が漂い、容姿は資料そのままだった どうやら同じような服装で生活をしているらしい 「初めまして。ヴァラドン高等学校事務員のレイラ・クルーです。惑星トゥルークの聖職者にこんな場所で出会えるなんて光栄です」 「……光が」 「はい?」 「やはり、救いの光がこちらにおらせられるのは大いなる闇のためであらせられるのですか」 「えっと、ですね」 絨毯ではあるものの床に膝を下ろしている彼に対して、彼女は座ることもできずに丁寧な言葉を使いながらも突っ立っていた 担当者はプライバシーのためか扉の外で待機しているので、通訳も頼めない ここは彼女の力量にかかっている 「今回は特別に我が校で講演を引き受けてくださり、ありがとうございます。こちらとしてもできる限りのご配慮はさせていただくので、何かありましたら遠慮なくおっしゃってください」 話を何とか戻そうと彼女は試みるが、その空気は生憎ながら彼には伝わらなかったらしい 「女神の頼みを断るわけにもいきません」 「あの、女神って?」 「あなたのことです。救いの光、トゥルークの女神にあたるお方。あなたはそのままお立ちください。私はあなたを見下ろすことが許されないですし、同席もできません」 だから依然としてその位置を貫くのかと妙に彼女は納得した 納得したからとそれで済む話ではなく、何か解決策が出ないとこれから接していく分には危ない気がする 「……難しいですね。もし私がしゃがめば、あなたは這い蹲るのでしょうか?」 「女神がそれを望むなら」 「女神は止めましょう。ここにいる私にはきちんとした名前がある。惑星トゥルークとは違う」 「しかし、」 「あなたのお名前を伺っていませんでしたね」 「ライジャ・ストーク・サリザンと申します」 「サリザンと呼んだ方がいいのかしら」 「ご自由にお呼びください」 「サリザン、あなたは勘が鋭そうだから言っておくわ」 自分とは少し違うが自分よりも格段に強い力の塊の友人たちを思い浮かべて、少しだけ彼女は微笑んだ 「神を見かけても拝む程度にしておきなさいね」 「無論、分かっております」 彼から明瞭な答えが返ってくるのは、もうその存在に気づいているからなのだろう 「……あと、私は仕事でここにいるの。あなたにしゃがまれたままじゃ、何もできなくて困ります。同席は諦めます。せめて、他の女の方と同じように立ってお話しできませんか?」 「それは」 「私が許すと言っているんです。それでも、拒否しますか?」 「どうしてもと仰るなら」 背の高い彼は彼女の命令口調に弱り切ったように立ち上がった やはり彼女のことを見下ろす形になるのが忍びないようで、視線は下の方を向いていて目線は全く彼女と合わない それでも、さっきの妙な状況よりはまともに見える 「それでは、ヴァラドンでの講演にあたっての打ち合わせを始めましょうか?資料がこちらになります」 鞄から取り出した纏められた資料を丁寧に受け取る彼は久しぶりに会う特異な人物で、本来個人的なお付き合いがあればプラスの方向の人物になるのかもしれない でも、今は仕事の仕事中だ ここでばれるようなことはあってはならない 彼女はまだ不思議そうに自分を見ている彼に何でもないかのように笑って誤魔化せてないと分かりながらも誤魔化した |