euphoria

□運命の赤い糸
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運命、と呼べるような出会いはそこら彼処に石ころのように転がっているわけではない
それこそ何億分の中の石ころのひとつの宝石のように、偶にしか姿を現さないものだ
それでもその宝石も所詮は石ころの一部なのだろうけれども、それはまだ此処では気づいていない振りをしておこう
だって、その方か何倍も幸せで運命を感じて貴方と出会えるのだから



「目標、確認。そっちは?」

「標準、オーケー。何枚か撮りますよ」

「気づかれないようにね。曲がり角で待機」

「了解」



今回の依頼は単純なものであるはずだった
依頼対象の場所が連邦大学惑星というのが唯一のネックだったが、事務所を元々その中心の一角に構えているため、そのネックが自分たちにはゼロに近い
この依頼が此方に来たのは至極真っ当なことだった
当然、内容が真っ当であるかは別にしてだが
留学している娘の様子を探って欲しい
ただ元気にしていると口では言っていても、実際の親元離れての学園生活に親が心配する気持ちは分からないでもない



「お穣さんのような留学生、学生の配慮については連邦大学ですからね、余程のことはないとは思うんですが。連邦大学惑星に入国して写真を隠し撮りするとなると、それこそ依頼料も馬鹿になりませんよ」



担当が率直な意見を漏らして飽きれたものの、最後は依頼人の力の入れ方の方が上だった
此方としてはお金さえ入れば何の文句もないので、その点においてはお客を逃さないで高額な依頼料を捥ぎ取れたことを喜ぶべきか



「曲がった、行くわよ」



彼女は耳を押さえて相手に合図するように呟くと人気のないのを確認して、さっと曲がり角から姿を現して駆け出したはずだった



「……っ!」

「「!」」



まあ何と綺麗な子たちだろうと、カメラ片手に深めに被った帽子からその顔をちらりと認識した彼女の感想は床に尻餅を着いた瞬間に慌てに変わった
相手は恐らく目標をそのまま追ってくれているだろうが、自分は逃したことが悔しくなった
しかし、今更何を言ってもどうしようもない
彼女は素早く埃を払うと、何でもなかったかのように驚いて謝った



「ごめんなさい」

「そんなに急いで、何か追いかけていたのか?」

「リィ。それよりお怪我はありませんか?」

「はい、本当にすみませんでした」



下ろした頭を上げると、同じぐらいの身長のためか彼女から天使のような容姿をした子たちの顔がよく見え、また逆も然りであった



「貴方たち、本当に女の子?」

「はい?」

「あ、ごめんなさい。失礼なこと言って。ただ、何となく。では、貴方が言うように少し急いでいるから」



彼女は素早い動きで二人の間を抜けると、一度だけ振り返り頭を下げた



「驚きましたね」

「……ああ」


もう何に驚いたかなど言わなくとも、二人の認識は一致していた


「リィ?」

「何でもない。ルーファのところまで俺たちも急ごう」



彼女と二人が偶然にも、もしかしたら必然にも出会い、少しずつ世界は型から外れていく



「ごめん、油断してた」

「気づかれましたか?」

「大丈夫、気づかれてない」

「あの娘はアイクラインに入りました」

「了解。私が追う」



追いかけていた背中が小さくアイクライン校内に見えたので、彼女は事情は特に説明せずに追うこととなった
友人といるところ、図書館で調べ物をしているところ、部活に励んでいるところ、何の変哲もない学生生活を送る依頼者の娘、見ている此方が申し訳なくなるぐらい簡単な盗撮だった
ある程度カメラに写真を撮り収めたところで、彼女は娘の様子がおかしいことに気づいた
高校生だから携帯端末の利用は十分に正当化されているにも関わらず、頻りに周りを気にしている
夕刻になると、娘が人気の少ない建物の裏に誰かを待つかのように佇むのを彼女は狙いを定めて、建物の真上から監視していた
その誰かが、彼女の業務によく引っ掛かる男であること以外は何の障害もなかった



「あいつ、か」

「どうしました?」

「男って、本当に性質が悪い。また、だ。あの娘の親も相当勘が良いな。いや、親子だからと言うべきかな」

「何が起こって……此方からは見えにくいので」

「見ない方が良い。騙して金で成り立つ男女関係など見ても目が穢れる」



粗方、相手の方にも予想がついたのか息を呑む声が彼女にも伝わる



「……撮りますか?」

「私が撮る」



実に簡単で、実に難しい人間関係を冷静に第三者の目で見つめることを何年やっても、彼女は未だに躊躇う
だからこそ、部下の前で仕事だと割り切ることにしている
何枚か、その情事を収めた彼女は撤収する命令を相手に出した
これ以上の何かは出てきそうになかった
帰り道は夜だということも重なり、二人の間に暗い空気が漂っていた



「疲れた?」

「まあ、連邦大学惑星内での仕事はやっぱり気を張ります」

「そう。今まで何人捕まったか分からないから、これからも気をつけて。私、今から寄る所があるから、そのまま直帰するって事務所の皆に伝えておいて」

「はい。御苦労さまです」

「報告書は明日で良いから、今日は貴方もゆっくり休んで。……じゃあ」



彼女は消える
闇に溶け込む、漆黒の髪が艶やかに月の光を反射して場所を示すものの、彼女が一体何処で休んでいるのか知っている者は少ない
仕事の間にも仕事を入れていると噂されることもあったし、実は夜な夜な遊んでいるのではないかと陰口を叩かれたこともあったが、それも月日と共に終息し、今は誰も何も探ることのない悠々自適なプライベートを保てている
そして、今日は何をするのか



「良かった。やっぱり、此処に落ちてた」



昼間に二人の美少年に擦れ違った角の端の方に、彼女のお目当ては転がっていた
街灯でもなければ、見逃してしまいそうな綺麗な蒼い玉のイヤリング
尾行途中に片方だけなくなっていることに、彼女は気づいて探し回ったが、やはりぶつかった衝撃で落ちたのだと自分の考えが間違っていないことと実際にあったことに安心した



「……あ」

「昼間、此処でぶつかった方ですよね?」



彼女が大事そうにそのイヤリングを掌に包んで安心感に浸っていると、その小さく座った後姿に通りすがりに気づいて声をかけた者が二人



「ああ、あの時の。こんばんは。不思議、また会えるなんて」

「本当に。何かお探しでした?」

「ええ、見つかったから大丈夫」



彼女は昼間にぶつかった二人だと分かると笑顔を浮かべた
シェラも昼間よりかは何処か親近感が湧き、話しを続ける



「どこの生徒さんですか?門限が迫っているので、遠くなら大変でしょう」

「私は今日は申請してきたの」

「そうですか。治安は良いけれど、女性の一人歩きは危険ですから早めに帰るようにしてください」

「ありがとう」



この世の者とは信じられないくらい綺麗な天使のような容姿の二人は改めて見るとタイプが違う
綺麗に切り揃えた銀髪に紫の瞳の丁寧な口調の銀色天使
無造作に長い髪を括っているもののその金髪の元々の素材が綺麗なのは隠し切れていないのに、その髪に負けないぐらい緑のエメラルドをはめこんだような大きな瞳がまた金で縁取られている金色天使
話しているのは大抵、銀色の方だというのに彼女は中々口を出さない、一見不機嫌そうに見える金色の方を無意識に気に入っていた



「……なあ。どうして俺たちが男だと分かった?」

「やっぱり、男の子だったんだ」



確信はあったが、実際に言われてみると感嘆するばかりで彼女自身も上手く言葉に出来ない



「決定的な何かは何かと言われれば、困るけれども……違うと思ったのは確かなの。自分でもよく分からない」



正直な気持ちを彼女がきっぱりと口にすると、金色の方は納得したかのように頷いた
銀色の方はまだ不思議そうな顔をしていたが、彼女の直感的感覚が誰にでも理解出来ないことであるのは仕方がない



「そうか」

「嫌だった?」

「全く。この顔なんで、しょっちゅう女に間違えられるのが俺たちの悩みの種」



彼女でも一瞬では男か女か見分けは出来ないだろう
それが出来たのは不思議なことで、でも何故か最初から分かっていたような気もする



「綺麗なのも大変なのね。私はレイラ。貴方たちの名前を教えてもらっても?」

「ああ。ヴィッキー、いやリィで良い」

「!」



リィの発言が特異なことだと気づいたのは、その場にいたのがシェラだからだった
リィは普段は人に名前を教える時、ヴィッキーの名を常用する
気に入った相手にしかリィという名前は教えないし、呼ばせない



「えっと、貴方は?」

「シェラです」



彼女が訊ねるまで自分のことなどすっかり忘れて、二人の仲睦まじ気にいつの間にか話している様子を眺めていたシェラだったが、彼女の呼びかけで我に返った



「名は体を表すって言うけれど、本当にぴったりの名前なのね、シェラも」

「ありがとうございます」


リィの本当の名前なんて言おうものなら、はしゃぎそうな勢いの彼女に、やはり女に囲まれて生活していた頃の懐かしい空気を感じる
男が何も感じないようなことに、素早く反応してそれを愛でる術を生まれながらに知っている
話しこんで長居をしてしまったことに腕時計を見てようやく気づいた彼女は少し焦った様子で、昼間のようにまた二人に背を向けた



「行かなきゃ」

「もう暗いですから、気をつけて帰ってくださいね」

「……また会えるか?」

「きっと。貴方たちとは縁がありそうだもの。じゃあ、また」



連絡先を交換するわけでもないが、彼女が言うなら不思議とそんな気がしてしまう
彼女には二人の声が、二人には彼女の声がしばらくは反響して消えそうになかった






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