夢花

□選んだ道
1ページ/1ページ

選んだ道
ルフが再び見えるようになった彼女は本から魔法のこと、世界の成り立ち、文字や言語のこと、頑丈な部屋で得られる限りの知識を吸収するだけ吸収した
横にいるアラジンにも少しずつ文字を教えながら時間は過ぎていった


「大分、使えるようになったみたいだね」

「……ウーゴくん」


アラジンを寝かしつけた夜中に、得られた知識を参考にして彼女は一人で魔法の練習をしていた
魔方陣、複雑な魔法式の組み立ての中で最初は失敗することも多かった
その様子をウーゴくんにはしっかり見られていたらしい
ようやく話しかけてきたと思えば魔法のことで、また何か言われるのではないかと彼女は小さく怯えた


「良かった」

「え?」

「その様子だともう、使えそうだね」

「何が」


彼女は手に持っていた本を隠したが、そんなもの関係なかったようで、ウーゴくんは彼女に本当に安心したように微笑んだ


「世界を渡る魔法」

「……はい」


参考になる本だけならすぐに手に入った
なかなか実行できなかったのは、彼女自身の魔法がまだ未熟で安定しなかったからだ
最近の調子だと魔法の力も安定し、比較的難しい魔法も熟せるようになっていた
熟せるようになっていると分かっていたが、彼女はその日を決めかねていた
つまりそれは、アラジンとウーゴくんとの別れを意味する


「迷ってる?」

「いえ、でも少しアラジンが気になって。あんな小さい子がまたあなたと二人きりでこんな部屋に」

「大丈夫だよ」


彼女とアラジンが一緒にいないとき、誰よりも側にいたのはウーゴくんだ
何よりアラジンはウーゴくんを頼りにしている


「水瀬玲良、君に伝えておかなければならないことがある」


改まって名前を呼ばれると背筋が伸びる
彼女はウーゴくんと向き合って、手短な椅子に腰掛けた


「どうぞ」

「前にも言ったけれども、君が世界を渡れるのはあと二回が限度。約束して欲しいことが二つある。魔法を使ったことを他人に知られないこと、君の言うあちらの世界の人間に真実を話してはならないこと」

「どうして?」


彼女は当然の如く、ウーゴくんに疑問をぶつけた
ただ納得するのではなく、今後のためにも本当のことを知っておかなければならない
ウーゴくんは彼女が問うことを分かっていたかのように頷いて話し始めた


「君の魔法がどうしてそんなに強力なのか、考えたことは?」

「いいえ」

「君の魔法は君の生まれた世界の人間の魔法量を吸い取って成り立っている」

「!」


彼女自身、おかしいとは思っていた
彼女が使える魔法は多岐に亘る
到底一人ではできないと書かれているものでも、少し力を出せば魔法を形にできた
源は彼女の中にはなく、疲れることもない


「君の魔法の才能は認めるよ。でも、例えば世界を渡る魔法なんかは君の力以上のものを本来は必要とするんだ」

「何か害があるの?」

「分からない。でも、君の生まれた世界に何らかの影響はあると考えた方が良いと思う」


人間の魔法量、命の量を吸い取っている
影響がないはずないだろう
明日死ぬはずの人が今日弱って死んでしまったり、発作や体調不良を起こしてしまったりすることは目に見えた
目には見えなくとも吸い取られ、彼女が知らない人間にまで影響を及ぼす
重いことだが、知らされていて良かったと彼女は心底思った
全てを負って、それでも彼女はやりたいことがある


「だから、魔法を使ったことを知られてはならない?」

「うん。次の約束にも関係あるからね。君の魔法の力を知られてしまえば、その巨大な源がどこにあるのか探る者も出てくるだろう。互いの世界の成り立ちに非常に良くない影響を生む」

「分かった」


世界は微妙な関係で成り立っているのだろう
互いを知らず干渉せず
その中で、彼女は異質に存在し行き来する
世界からすれば、本来ならば排除したい厄介な者でしかない


「真実を話してはいけない、のも?」

「知るはずのなかったことを知ってしまうことで、運命の流れが変わってしまう」


運命の流れは変えられない
変えられなくとも、側にいたい
あちらの世界の方が何かできることがきっとある、あったはずだから


「本当に、よく勉強したね」


彼女の言葉に感心したようにウーゴくんがため息を漏らした


「……魔法がもっと上手く使えるようになって世界を何回か渡れるなら、本当は大きくなったアラジンにまた会いたいと思ったけれども、無理な相談だったみたい。私には他にやることが沢山ある」

「うん。自分の役目を忘れないで」

「分かってる。今日は寝るわ。おやすみなさい、ウーゴくん」


彼女は約束は守ると約束してウーゴくんに挨拶すると背を向けた
アラジンが眠る横にそっと横になって、特徴的な青い髪を撫でた
アラジンの捲れていた布をまた被せて、彼女も布を被って目を閉じた
もうすぐ別れがやってくる
一度は自分の生まれた世界にお別れを済ますために、二度目はもう二度と行くことができないと諦めていた世界に
簡単な道ではない
危険しか待っていないのかもしれない
それでも、どうしても彼女が行きたいと心の奥底で願ってしまう


「……レイラおねいさん、明日行ってしまうの?」

「突然ごめんなさい、アラジン」


次の日、彼女は寝る前の絵本を読み終えてからアラジンに伝えた


「うん」

「アラジンは本当に賢い、いい子よ。文字もすぐに覚えたし、本だって一人でもう読める。……私に色々思い出せてくれた」


ルフが見えて触れて、魔法が使えるようになったのはアラジンのおかげだ


「おねいさんは呼ばれたんだね」

「え?」

「僕も呼ばれる日まで、ここにいるんだ。でも、おねいさんの方が早い気がしてた」


まだ子どもなのに、何て切ない目をするのだろう
彼女はぐっと涙を堪えて唇を噛んだ


「私、あなたを忘れない。大切な友達のアラジン」

「……ともだち」


友達、と彼女は平仮名で文字を床に書いた
アラジンがその指をなぞった


「アラジンも外に出られたら、もっと友達ができるわ。こんなにいい子だもの」

「レイラおねいさんも、それでもずっと友達でいてくれる?」

「ええ、もちろん」


もう会うこともできないだろう
そんな残酷なことは目の前の子どもにはどうしても伝えられなかった
微笑んで再会できると思って生きていく


「ありがとう、いってらっしゃい」


レイラおねいさん、と呼んでくれるアラジンの声が耳元でして、胸に飛びこんでくるアラジンを受け止めて彼女はその頭を撫でた
可愛らしい
どうしてこんなに可愛らしいのだろう
彼女はアラジンが彼女の顔を見られないのを確認して、一筋の涙を落とした
一緒にいられなくとも、一緒の世界にいられたら良かったのに
奇跡を願ってしまった




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ