夢花

□魔法の夢と目醒め
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魔法に目覚めるとき
彼女はあの頃のことを本当は憶えていた
まだ幼かった少女の頃に自らに起こった出来事
無意識に記憶の奥底に封印して出て来られないようにしていた


「……おねいさん、レイラおねいさん」

「え?」


石壁に囲まれた頑丈な部屋には書物だけは大量にあった
どうしようもない状況に不貞腐れて数日寝て過ごした彼女だったが、やることがこうもないと手短なものに手を出したくなる
アラジンは彼女が起き上がって熱心に本を開いて読んでいる様子を遠くからしばらく観察していた
そして、辺りにウーゴくんの姿が見えないのを確認すると素早く彼女の膝に乗って下から彼女の顔を覗きこんだ


「本の文字が読めるのかい!?」

「ええ」

「……!」


瞳がきらきらと輝く少年に彼女は苦笑を漏らした


「アラジンは文字が読めないの?」

「うん」


小さい子なら仕方ないかもしれない
けれども、目の前の少年は彼女の読んでいる本というものに十分興味がありそうだった
教えることのできる人間が身近にいないからかもしれないと彼女はウーゴくんを思い浮かべた
学がなさそうなわけではないが、何か教えない理由があるのだろうかと不思議に思う


「私で良かったら、読み書きを教えましょうか?」

「いいの!?」


明らかに期待している目を向けられて、彼女は断る理由もなくなった
何れにしろ、元いた世界に帰るために情報を得るためにも本を読み進めたい
片手間になってしまうが、見知らぬ彼女を無条件に助けてくれたお礼をアラジンにしたい


「……ここにある本、平仮名が多いけれども気のせいかしら」


あちらの世界では漢字が多くて苦労した記憶があるが、ここではめくる本めくる本が平仮名を多用している
時々、片仮名や漢字が不自然に混ざっていて、インターネット上の翻訳機能を見ている気分だった


「おねいさん、何か言ったかい?」

「いいえ。じゃあ、まずは」


薄い絵本のようなものを何冊か本棚や床の上から選んで、彼女は床に座った
おいで、とアラジンを太腿に乗せると適当に選んだ絵物語を読み始めた


「うつくしいまじょのはなし」


彼女も知らない聞いたことのないお話だった
あるところに、ある国に貴族の娘が生まれた
才能に溢れ、あるとき魔法が使えるようになって国を支えるようになった
娘は美しく成長した
娘は国のために一生尽くすと心の中で決めていたが、周囲は美しい娘と誰かを添わせようと躍起になった
結局、彼女はある資産家の男と結婚して国を出ることになった
彼女の意思に反する、国も絡んだ策略結婚だった
ただの貴族の美しい娘ではなく、美しい魔女でもあった彼女の力を欲する者は国内外を問わず多かった
国のために一生尽くすと決めた娘は、国の最大限の利益を生み出す者の元へ嫁ぐと決めた
資産家の元で新たな魔法の研究をしながら、母国を想いながら、美しい魔女は幸せに暮らしている
違和感のある話だった
最後の幸せ、ということに彼女は酷く引っかかった
本当に美しい魔女は幸せだったのだろうか
自らの力を国で最後まで使えなかった魔女は後悔しなかったのだろうか
しかし、幼いアラジンは彼女の読み聞かせをうっとりしながら聞いていた
閉じた背表紙に彼女は指を滑らせた
金の彫刻が丁寧に彫られている
うつくしいまじょのはなし えいえんのしゅくじょベアトリーチェ
ベアトリーチェ、どこかで聞いた名前だと耳の中が痒くなるのを堪えた


「ベアトリーチェ、って」


夢で良く見るあのベアトリーチェとでも言うのか


「レイラおねいさん、ベアトおねいさんと知り合い?」

「アラジンは?」

「ううん、初めて聞いた名前。でも、きっと綺麗なおねいさんだよね」

「ええ」


あのベアトリーチェなら絶世の美女と言っても過言ではない


「魔法が使えるの、羨ましいなあ」

「……魔法」


憧れるほど綺麗なものではないかもしれないのに、期待ばかりが広がる


「レイラおねいさんも使えるかもしれないんだよね」

「そう、ね」

「でも、今日はおねいさんの周りに白い鳥がいないんだ。……この間はいっぱいいたのに」


彼女はアラジンに少し悲しそうに言われて、思わず自分の背後を振り返った


「え?」


彼女が感じたのは白い鳥が見える、ルフが見える、久しぶりの感覚だった
アラジンに見えるときは見えなくて、見えないときに見える
しかし自分自身のものではなく、他人のものでしかない
白い鳥は彼女がよく夢で見知った者の背後にあった


「幽霊さん?」

「失礼しちゃうわ。仕こんでおいた魔法と言って欲しいわね」


先ほどまで読んでいたはずの絵本が開き、ベアトリーチェの姿がしっかりと見えるくらいに現れた


「だって、ベアトリーチェはもうとっくに死んでいるはずじゃ」


アラジンには見えていないようだった
時間が止まったようにアラジンは彼女の方を向いて固まっている


「ふーん。あんたが、ねえ。で、そっちの坊やはマギってわけ?」

「マギ?」

「創世の魔法使いマギ。魔法使いでも最上位に位置する者。この坊やがいるといる国が豊かになるのよ」


もしかしたら、アラジンは重要な子どもなのかもしれない
腕に抱えたアラジンを抱きとめて、彼女は首を横に振った


「よく、分かりません」

「あんた、魔法が使えなかったり世界が受け入れてくれなかったりするのを他人のせいにするの止めたら?」

「他人のせいになんて「してる。他人のルフが見えるのに、自分のルフが見えないのは自らの力を拒否してるからさ。ルフの供給量が不安定なのもあんた自身が不安定だと思いこんでいるからさ」


本当のことをがつんと言われた気がした


「あっけらかんとしてろって?」

「まあ、魔法で何がしたいのか、わくわくすることを考えることね。そうすれば自然に力が湧くし、色々抱えているものも解決する」


本来の魔法とは次に何がしたいのか、どんなことが起こったら楽しいか考えることにあるとでも言いたいのか
彼女は子供染みた考え方だと思った


「私は」


魔法とかそういうこととは関係なく、世界の真実を知ってしまったからどうにかしなければならないと思っていた


「世界はあんた一人がどうにかできるほど甘くない。でも、あんたが動かなきゃ、本当にもうどうにもならないかもね」

「そんな無責任な」

「考えて考えて笑って日々を過ごすこと。自分の道を自分でちゃんと選ぶこと。最後、あんたの人生はあんたで責任取るのが筋」

「責任」


世界をどうにかするわけではない
どうにかできるわけではない
それでも、自分のできることを探して行って責任を持つ
当たり前のようで当たり前でない、覚悟のいる行動


「あんたならできる。だって、あんたはわたしの      なんだから」

「え?何て言ったの?」

「またいつか会いましょう」


実物のベアトリーチェは綺麗な笑顔を見せてくれた
彼女は惚けてしばらく身動きが取れなかった
アラジンの声で我に返った彼女は体が軽くなっていることに気づく
彼女は思っていたよりも自分自身に力が入っていたようで、力が上手い具合に抜けると本来の自分に戻れた


「レイラおねいさん?」

「アラジン、大丈夫?」

「うん。おねいさん、鳥がいるよ。白い鳥がいっぱい」

「うん。アラジンの側にもいるじゃない」


今なら触れられると、彼女はアラジンのふわりと綿毛のように浮いた白い鳥を手のひらに乗せた
彼女がルフを見られるようになったこと、触れられること、アラジンは自分のことのように喜んで回った


「ありがとう。あなたのおかげね、アラジン」


アラジンという少年は本当に魔法使いなのかもしれない
彼女に道を示し、回復以上の能力を引き出してくれた


「もう、大丈夫よ」


思うことにした
昔のこと今のこと未来のことを難しく考えて、真実を一人で抱える必要もない
一歩ずつ一歩ずつ、歩いて進むだけ
世界がどうなったら素敵か考えると、久々に無性にわくわくして胸が高鳴った




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