夢花

□少年と守り人
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少年と守り人
四方を古い土煉瓦で囲まれた頑丈な部屋
溢れかえる大量の書物
佇むのは小さな小さな少年と大きな守り人
一体全体、どうしてこんなへんてこな場所に来てしまったのか分からず途方に暮れるしかない


「おねいさん、気がついたんだね!」

「……君は」


意識を失う前にもいたような気がする子どもの、少年の声
彼女は少年の姿を認めると小さく頷き同意した
柔らかい幾重にも重ねられた布の上に彼女は寝かされていた
目覚めたばかりで、まだ彼女の体温は高く、特有の気だるさがあった


「君が私をここへ?」

「ううん。ウーゴくんがおねいさんをここまで運んでくれたよ」


ウーゴくん、とは何だと彼女は今だに痛む頭を抱えた
少年は無邪気で素直そうだ
隣の家の双子の兄弟に似ている気もするが、年齢は少年の方が幾分か上な気がした
黙っていても仕方がない
少年にウーゴくんとやらについて聞こうと彼女は少し頭を上げた


「……ひっ!」

「……!」


彼女は思わず一瞬悲鳴を漏らした
青い体の巨人が少年と彼女を囲むように座っており、少年と彼女を見下ろしていた
彼女は壁だと思いこんでいた青色のものが巨人のものだとようやく理解した
彼女は警戒したが、巨人の方も居心地が悪そうで彼女と一定の距離を保つ
危害を加えるつもりはないらしい
しかし、彼女の中にある見たこともないものに対する警戒心は消えない


「おねいさん、ウーゴくんだよ」

「ウーゴくん、ですか」

「うん。僕の友達さ!」


大きな者を従えて、ただの友達とは少年は肝が据わっていると彼女は胸の内だけで感心した
ウーゴくんに気が取られすぎて忘れていたが、目の前の少年の名をまだ聞いていない


「あの、君の名は」

「僕?僕はアラジンさ!」


アラジンと魔法のランプが思い浮かんだのも無理はない
しかし、目の前の少年がアラジンで青の巨人のウーゴくんとやらがランプの妖精なら随分と滑稽な話な気がした


「あの……アラジン、ウーゴくん助けてくれてありがとう。ここはどこかしら。私、家に帰りたい」


今は他人のことは考えないでおこう
彼女にはやるべきことがある
帰ってやらなければならないことができた
帰って確かめたいことがある
体裁だけは取り繕ってさっさと場を去ろうと考えていた彼女はアラジンに微笑んで訊ねた
すると、アラジンは困ったように首を傾げた


「おねいさん、自分で落ちてきたわけじゃないんだね」

「色々あって、少しややこしいことに巻きこまれているの」


巻きこまれつつあると言った方が正しいか


「ごめんね、おねいさん。おねいさんがこの場所がどこか分からないならどうすることもできないんだ」


一気に暗い表情になったアラジンに彼女は疑問符を浮かべた


「僕はここから出ることができないから」

「どういう意味」

「ここは周囲から何もかも遮断された場所。人が来ることは本来ない場所」

「アラジン、あなた」


遺跡のような場所に少年と巨人が二人きり
冷静に考えれば、不自然な状況だ
閉じこめられているとでも言うのか
どうして、何のために、誰が
彼女の頭に過ぎった者は次の一言で消えた


「……君は、選んだ。知らない方が幸せだったのに、選んでしまった」

「その、声」


彼女は上を見上げて髪の毛の影で隠れているウーゴくんの様子を窺った
まさか
頭に響いた低い声が似ていた


「ウーゴ、くん?」


アラジンがウーゴくんの足にぴたりと引っつく
幼子が母親の側を離れないのに似た光景だった
ウーゴくんは大きな手で小さなアラジンの頭を優しく撫でると、彼女を見定める


「君は、本当に水瀬玲良なんだね」

「どうして名を」

「それは答えられない。そういうきまりなんだ」


遮断された世界の中にも秩序がある
枠の中で、世界がどこかで繋がっている


「あなたが呼んだ?」

「違うよ。でも、もしかしたら違わないかもしれない」

「何の言葉遊び、なぞなぞかしら」


ウーゴくんには全て分かっているのだろうが、彼女には全く分からなかった


「君に伝えなければならないことがある」


彼女は緊張と焦り、怒りで溜まった唾を飲みこんだ
二人の緊張した空気を感じてかアラジンが顔を見せて、彼女の周りを見渡したかと思うと呟いた


「レイラおねいさんの側には綺麗な鳥がたくさんいるんだね」

「鳥?」

「うん」

「アラジンに見える?」


鳥、とり
彼女も幼少の頃は見えていた白い鳥、黒い鳥、ルフと呼ばれるもの
本当に見えているのか彼女はアラジンの青い瞳を覗きこんだ
瞳に映る白い羽の鳥
彼女が周りを見ても自分では確認できない大量の光の鳥がアラジンの瞳の中に生きていた


「アラジンの言った通りだよ。君はルフに愛されている。でも、そのことを意識していない。いや、感じることができなくなったと言った方がいいかな」

「そのことが分かったところで、どうしようもないでしょう」


見えてどうにかなるなら、前も何かしらできたはずなのだ
鳥は見えても、彼女は鳥を人間のオーラだと思ってきた
魔法は特別な人間が使うものだ


「そんなことはない。ルフが見えるなら魔法が使える。君が魔法を使えるようになったら、元の世界に戻れるよ」

「!」

「ただ世界を渡る魔法はそんなに多くできるわけじゃない。君の容量だとあと一回、二回が精一杯」


世界が渡れる
彼女が知る二つの世界を選んで訪れることが可能になる
夢のような話だった
それでも、俄かには信じ難い
彼女が信じていたものを裏切って、裏切ったものをまた信じるのにはまだ若すぎた


「魔法なんてない。私は使えない。誰も信じてなんて、くれない」

「原因はそれ、か」


誰も助けに来ない
世界は二つ存在するが、普通の人間は一つしか見ることは叶わない
彼女は思い出すだけで体が震えた
震えが治まらず、体を腕で抱えた


「……もう、嘘吐きは嫌」

「伝えることは伝えた」


どうしたいのか、どうするのかは君次第だとウーゴくんに告げられた彼女は蹲って現実に耐えるしかなかった






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