夢花

□藍玉
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藍玉
幼い頃泣き虫だった彼はもういなくて、再会した彼の顔に残る火傷の傷と塞いだ表情が物語るのは煌に忍び寄った惨事の跡だった
それでも彼は何かのために生きていく
生きていかなくてはならない


「白龍様、休憩しませんか?」

「……玲良」


軽く汗を拭った白龍はいつの間にか背後にいた彼女の姿を認めて静かに頷いた
朝からずっと一人で鍛錬していたので、日がもう上の方に昇りきっていることを気にも留めていなかったが、彼女に言われてそろそろ頃合いだと見計らった


「子どもたちから、お菓子をもらったのです」


彼女は嬉しそうに包みを開く
白龍も名前くらいは聞いたことがある美味しいと評判のお菓子を彼女は物珍しそうに大切なものを見るかのようにしばらく見ていた


「食べませんか?」

「あ、お茶を入れるのを忘れていました。今、入れてきますね」


それぐらい、近くにいる侍女にでもさせればいいものの昔の癖が残っているのか、彼女は自ら動く
彼女は兄、白雄の小姓だった
よく気の利く、優秀な小姓だと評判になった時期もあった
誰にも知られずに行方知れずになって、彼女が再び戻ってきたときは驚いた
戻ってきたと言っても宮中にいるわけではない
彼女は煌に足を踏み入れ、滞在しているに過ぎない
食客として計らうように、姉である白瑛と共に白龍も嘆願しているが、皇帝からは何の返答もないまま一月が過ぎようとしていた


「白龍様?」

「え?あ、はい」

「どうぞ」


彼女が運んできた盆の上にある二つの茶器のうちの一つを礼を言って受け取った
お茶を片手にお菓子を頬張るとほのかに甘い味が口の中に広がって温かい気持ちになる
昔、兄たちが彼女と卓を囲んでいたことを思い出す
あの頃は畏れ多いと思っていたが、同じ状況であるはずなのに今は不思議と落ち着いた


「最近は、どうですか?煌には慣れましたか」

「はい、周りの方によくしてもらっていますので。勉強を教えている子どもたちも素直で、とても熱心です」

「そう、ですか」


彼女には自分で切り拓いていく力がある
白龍が助けなくとも、本当はやっていけるのではないか、本当は煌を出て行ってしまいたいと思っているのではないかと不安ばかりが付き纏う
彼女の母国は教育熱心らしく、彼女自身も高い教育水準、教養を持っている
発展途上の煌において、教育に割くお金は軍備より格段に下だ
当然、教育を受けられない貧しい子どもたちがいる
彼女は少し前までは状況を打破できないか頭を悩ませているように見えた
しかし、どうだろう
久しぶりに白龍の元を訪れた彼女は吹っ切れた顔をしていた


「食客として迎え入れると言っておきながら、申し訳ありません」

「白龍様、頭を上げてください」


彼女は大人になった
風貌はまだ幼いが、本当に幼かった頃よりも彼女は賢く美しく成長したと思う
数少ない味方である彼女を留め置きたいのに、自分の力だけではできないことの不甲斐なさが圧しかかる


「本当に時々お側にいられるだけで、十分なのです。白瑛様も白龍様も気に病まないでください」


触れるのを一瞬躊躇ったが、彼女は思い切って白龍の手を上から握った
昔から白龍には考えすぎてしまう性格があった
考えすぎて泣き出しそうになって、結局泣いてしまって、彼女もどうすればいいのか分からなくなった
ただ、あの頃は幼かった彼女も白龍と一緒に泣いた
空白の時間が空いてしまった今、近しいようで遠い存在になってしまった
どうにかしなければと焦れば焦るほどに離れてしまい、結論として気にしないことだと、ゆっくりとまた友達として始めればいいと思うようになった
昔は泣けば、誰か年長者が助けてくれたし、支えてくれた
急に支えを失って、上手く感情を吐き出して泣くことすら普通にはできない中途半端な子どもになってしまった


「玲良」

「はい」


この遣り取りも懐かしい
白龍も彼女が知る白雄や白蓮と変わらない年齢に成長したのだ
彼女が付き従い、同意してきた唯一の主と重なる


「それはずっと、ですか?」

「……白龍様が望むなら」


彼女は白龍を見守ることは一つの役割だと考えていた
昔も今もこれからも変わることなく


「では、何れは隣に立っていただけますか?」

「はい」


隣に立つ、意味を深く考えずに返事をしてしまったが、彼女は気がついて白龍を見つめ返した


「……念のため、確認しておきますが」

「お願いです、玲良」

「そちら、なのですね」


白龍の手を握っていたのは彼女だったはずなのに、いつの間にか手は彼女の上に添えられていた
白龍が真っ赤な顔をしているところからも察するに、そういうこと、なのだろう
一見、聞き逃してしまいそうなプロポーズだった
彼女は白龍が好きだった
残酷なことに、友達として白龍が好きだった
どちらの好きであるのか十八にもなれば分別はできる


「分かりました」


彼女は静かにため息を吐いた


「!」

「もし、これから一生、白龍様が本当に隣にいて欲しいと思う方が現れなかったら、大人しく隣に納まります」


白龍に本当に好きな人ができたとき、彼女は身を引くと言う
彼女も賭けだったが、どうしてか自信があった


「そんなこと、「白龍様。これは私の最大限の譲歩なのです」


仮にも皇子なのだから強制的なことを彼女に強いることもできるはずなのに、白龍は彼女に甘かった
彼女にきっぱりと言い切られてしまえば、正しいことのような気がしてしまう
それに自分が他の人間を好きになれなければいい話だと自分に言い聞かせた
随分と簡単なことではないか
寧ろ、彼女の方が分が悪い


「俺があなたをもらいます」


欲しいものは欲しいと口にしなければ手に入らない
行動で示さなければ、きっとまた消えてしまう
絶対を信じる純粋な白龍を彼女は眩しいと感じた
駄目だと思いながらも重ねてしまう彼女は白龍に本当の気持ちを覚られぬように微笑んだ


藍玉【アクアマリン】
(聡明・勇敢・沈着)





勇敢提出
ありがとうございました!




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