夢花

□美しき初戀の残骸
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美しき初戀の残骸
彼女をいつしか家族のように大切に思うようになった
家族皆同じ気持ちようで、彼女が倒れてから更に思いを自覚し、各自が行動を起こすようになっていった
それぞれが失ってしまった何かに重ねて彼女を見ていた


「あれほど酷使していたのに、今度は働くなと言うのです」

「まあ、白雄兄様も思うところがあったのでしょう」


あの出来事は小姓の仕事が多すぎたから疲れたのではないと知っているのは彼女だけだった
嘘だと言えば本当はと問い詰められるだろうし、彼女としても咄嗟にいい言い訳を考えられたので、そのときは良かったと思っていたが、実際は少し不満だった
だからこうして比較的贔屓しない白瑛のところに逃げ込んだのだが、ここもまた衣装の者を呼んでいたので、彼女も一緒に作らないかということになった
もちろん、彼女は遠慮した
皇女と同じ衣装屋で衣服を整えるなど、幾ら親しくしているからといって許される範囲を超えているように思えた
愚痴を聞いてもらっているうちに、蝶よ花よと煽てられ、何故か着せ替え人形と化していた


「でも」

「ほら、玲良。この衣装にあの髪飾りはどうかしら」

「……どうせ馬子にも衣装ですよ。白瑛様じゃあるまいし」


美しい人が隣にいると凡人は霞むしかないのだ
彼女は何も分かっていないと心の中だけでため息を吐いた


「文句言わずに着てみて頂戴」

「はあ」


曖昧に返事をすると、了解と取ったのか白瑛は女官たちに彼女を指定したものに着替えさせるように指示した
同世代の女友達などいたことがなかったから、このようなことがどれだけ楽しいのか知らなかったが、彼女が来てから心境は一変した
自分が着るより相手に着せる方が楽しい


「白瑛様!」


着替えが終わったのか女官が呼ぶ声がする


「はい。失礼しますね、あらこれは」


白瑛は着替えた彼女の姿を確認して良いことを思いついたようで、また楽しそうに口角を上げた


「まだまだここからが腕の見せ所ですよ」


一方の彼女はげんなりしていた
これほど衣装で疲れたのは七五三以来だろうか
そう言えば、最近は元いた世界のことを調べることも減った
ここで居場所ができた
この人たちと一緒に生きてみたいと思った
それでも、帰りたいという気持ちはある
何もかもお別れも言わずに置いてきてしまった
叶うなら一度戻ってさよならと言いたい
彼女は着替えさせられ、化粧をされ、髪も複雑に編まれた
鏡を見ていないので、今の自分がどれほど変わったのか分からずに、白雄兄様の元へといってらっしゃいと満足した白瑛に帰されてしまった
今度は白瑛の愚痴を白雄に言ってしまいそうだ
彼女がのろのろと白雄の部屋へと歩みを進めていると、すぐに見知った顔に出くわした


「白龍様」

「……玲良!?」


声を聞くまで誰だか分からなかったらしい
どれだけ白粉をふったのだと恨み言をぶつぶつと独り言のように呟いていると、目の前の白龍は林檎のように真っ赤になっていった


「あの、その」

「何ですか、白龍様。言いたいことがあるならはっきりとどうぞ」


少々棘のある言い方をしてしまったが、どうせ貶されるならこれぐらい突っ張っていた方が良い


「よく、似合っています」

「は?」

「何だか別人のようで、凄く遠い人のように思います」

「それは、ありがとうございます」


これは褒められたのかと思案していると、白龍はいつの間にか恥ずかしいのかその場から姿を消してしまっていた
逃げ足の速い皇子だ
また態度のことは元の姿に戻ったら謝ろうと彼女は心に決めて、再び歩みを進めた


「失礼します、白雄様。玲良です」

「入れ」

「失礼いたします」

「今日は休めと言ったはず、だ……が。お前、誰だ」


影も形見ないらしい
鏡を見たくなったが、不審者と間違われないうちに白雄に彼女だと分からせた方が良いだろうと思い、いつもと同じ声色で白雄の名を呼んだ


「白雄様」

「玲良、か?誰にやられた。……白瑛だな」

「よくお分かりで」

「女は聡いからな。よく見ているものだ」

「はい?」


彼女は幼い頃に白雄が想いを寄せていた者に似ていた
格好もそうだが、化粧の仕方で上手く似せてある
白瑛は幼かったはずだが、よく兄を見ていたのだ


「お前には関係ない話だ。しかし、それだけ化けるとなると普段の格好も考え直す方が「いえ、今までの格好で十分です」


小姓の衣装は味気ない
味気なさが彼女は気に入っていた
目立っても仕方ないではないか
ただでさえ、よそ者だと目立つのに格好だけでも紛れておかなければ行動できない


「しかし、仮にも女の子だろう。小姓だからといって、あれだと男の白龍と大差ないではないか」

「わたしは飾られるためにここにいませんので、あの格好が良いのです」


彼女は姫ではない
白雄の小姓だ
それ以上でもそれ以下でもなく、その居場所が彼女は気に入っていた


「玲良がそこまで言うのなら。しかし、成長したらお前は美人になるのだろうな」


白雄がお世辞ではなく本心で言っているのだと分かると彼女は嫌味を口にした


「典型的な日本人顔のわたしにそう言う白雄様は変わっていらっしゃいます。きっと、日本に来たらもっと可愛い女の子に目がいくのでしょうね」

「どうした?」

「いえ、ちょっと天然に腹が立っただけなので、お気になさらず」


無意識なのはこれだから困ると、彼女は先ほど出会った白龍のように頬を熱く赤く染めて白雄に微笑みかけた




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