夢花

□優しい奇蹟の胎動
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優しい奇蹟の胎動
彼女は煌に妙な気があることに気がついていたが気がついていないふりをしていた
一番身近な信頼している主さえもが避けている
まだ白い者たちが多い中で、少数でも黒が混じっている
白は白にいつかきっと戻れなくなる


「噂の小姓はお前か」

「!」


白雄から頼まれていた用事を済ませ、書庫から興味のある巻物を幾つか持って出たところ、その人物は突然現れた
宙に浮いている
声には出さなかったが、口を押えて堪えた
黒い
白雄が白だとすれば、目の前にいる少年は黒だった
息が詰まりそうなほどに黒くなってしまったものはきっと元に戻れない
彼女の反応が薄かったからか、少年は面白くなさそうに顔をしかめた


「俺はジュダル。一応、ここの神官」

「……ジュダル様」

「何だ、喋れるじゃん」

「はい」


ジュダルそのものが悪いわけではないのだが気分が悪かったので、あまり口を開きたくなかった


「お前、変だな。全くルフがない」


ルフと言われても彼女には何のことか分からない
首を傾げていると、ジュダルはこれだと自らの黒い鳥を片手に乗せた


「……でも、見えるみたいだな。どっかにルフ隠してんじゃねーの?」


彼女はジュダルに徐々に壁際に追い詰められる
逃げなければと思うのに、思うように足が動いてくれない
鋭い刃のようなものが見えて、やられると思って目を閉じたが、不思議と痛みはなかった


「何をしているのですか」


次から次へと見知らぬ黒い影が現れる


「銀行屋、どうして邪魔するんだ?」

「……どうして」


ベールに隠された目がぎょろりと此方を向いた
その瞳に見つめられると身の毛がよだった
ジュダルよりも怖いかもしれない
しかし、その彼はジュダルを抑えていた
守られたと分かる前に、黒いものでついに息ができなくなった


「こいつ、死ぬのか?」

「置いておきなさい」


まるで壊れかけた玩具のように言われるが、彼女が反応することはなかった
彼女は壁に寄りかかって倒れた
巻物が彼女の腕から転がって落ちた


「……遅い」


白雄はとても苛々していた
しなければならないことは山積みであるのに、用事を頼んだ頼みの彼女が戻らない
ものを取って帰ってくるだけの簡単な用事ならすぐに戻って白雄の側に控えるのに、足音すら聞こえてこない
やっと足音が聞こえたので、白雄はどこで道草食っていたのだと立ち上がって彼女に説教しようと扉の前で待ち構えた
しかし、期待したのとは違う人物が息を切らして部屋に入ってきた


「白蓮?どうした、そんなに慌てて」


白蓮がこれほど真剣な表情をして駆け込んでくることも珍しい


「……玲良が」

「玲良を見かけたのか。一体どこで「医務室で今、治療を受けてる」


言われた瞬間に理解できなかった
間が置かれ、白雄は白蓮に詰め寄った


「どうしてだ!?」

「分からない。俺が偶然通りがかったときには」


白蓮は自らの手が震えるのを押えて、真っ青な顔で白雄に伝えた


「もう息をしていなかった」


それを聞くや否や、白雄は部屋を飛び出していた
彼女は今日もいつもと同じように朝から控えていて、先ほど今朝方思い出した用事を頼んだだけだった
調子が悪いようには見えなかった
笑って用事を受けて、帰りに書庫に寄って幾らか借りてきてもいいかと訊ねた
たまにあることだった
彼女が勉強家なことは知っていたし、何か探しているのは知っていたので快く承諾した
こんなことになるなら、自分が行けばよかった
責めても仕方ないことだが、責めずにはいられなかった


「玲良!!」

「……白雄皇子」


真っ白な寝台に横になっている者は聞かずとも彼女だと分かった


「どういうことだ」

「分からないのです。先ほどから息はありますが、意識はないようで……」


医者に確かめたが確かなことは何も分からないらしい
歯痒い思いをしながら、白雄は小さな彼女の側に寄った
手を握ってその体温がまだ温かいことを確かめると、胸の奥がほっとした


「玲良!私だ、分かるか?」


彼女は微かに息をしている
けれども、とても苦しそうで見ていて痛ましかった
初めて出会った牢屋のときよりも酷い有様に言葉が出なくなった
ただ手を握って祈った


「……はく、ゆうさま」

「玲良!」

「どうか、されましたか」

「どうか、しているだろう!」


思わず大声を出してしまった白雄に周囲は驚く
彼女も例外ではなく、矢継ぎ早に言葉を繋ごうとする


「少し疲れていて、倒れてしまって、それから」

「喋るな、分かったから」

「はく、ゆうさま」

「どうした?」

「手を握っていて、くれますか?」


ああ、と頷いて涙を堪えていると彼女が少し微笑んで、それから呼吸が安定して戻った
意識はまたなくなったが、苦しさからは解放されたような表情に白雄は安堵した
彼女は白い鳥の夢を見た
心臓の音が重なって温かく、白が更に白く
黒を忘れてしまう眩さで白い光と鳥の狭間に彼女はいた


「ありがとう、ございます」


再び目覚めたとき、白雄、白蓮、白瑛、白龍が彼女に寄り添うように寝台の側で眠っていた
白雄の涙の跡や白龍の子ども体温の温かさに、本当に幸せなことだと幸せを噛み締める
どんなことがあろうとも、このことを決して彼女は忘れてはならないと決意した




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