夢花

□と或る乙女の福音
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と或る乙女の福音
彼女に最初は嫌悪感を感じてはいなかった
寧ろ、物語の天女が天空から落ちてきたのではないかと思ったぐらいだ
しかし、周りは空想染みた言葉は聞いてくれるはずがない
すぐに刺客だ、侵入者だと恐ろしい文句を並び立てて皇族を守ろうとする兵士たちが彼女に矛先を向けた
言われてみて初めてそのようなことがありうるのだと想像して怖くなって目を背けた
彼女は此方を見ていた


「初めまして、白瑛様。白龍様。白雄様の小姓をしております、水瀬玲良と申します」


再び彼女に会ったのは彼女が兄の白雄の小姓に抜擢されたと噂に聞いてしばらくしてからのことだった
彼女は見た目よりもかなりしっかりとした口調で話す少女だった
白雄が信頼しきったように優しく彼女の頭を撫でるので、怖かった記憶が和らいだ


「白龍と同い年だが、生まれからすると少しお姉さんだな」

「玲良、と呼んでもいいですか?」


姉の白瑛の方が跪いた彼女に先に歩み寄った
白瑛の袖に隠れたまま、彼女の方をちらりと見ると緊張したような、それでいて優しい表情で頷いていた
彼女は最初こそ白雄と共に訪れたが、その後はすっかり白瑛と仲良くなった様子で頻繁に一人で訪れ、姉の側にいる白龍とも少しずつ緊張が解れてきて仲良くなっていった


「白瑛様、白龍様」

「玲良?」


白瑛が出かけてしまった後に突然、彼女が訪れたことがあった


「白龍様だけですか?」

「はい。姉は先ほど出かけました」

「……そうですか」


彼女が残念そうに目を伏せた
彼女が年の近い白龍ではなく、少し年が離れていても同性の白瑛との方が親しいことは互いに分かっていたが、このまま帰ってしまいそうな彼女に白龍は声をかけた


「お茶でも飲んで行かれませんか?」


しょぼんとしていた彼女が驚いたように顔を上げた
そんなに白龍が彼女を誘ったことが意外だったのだろうか
目を何回か瞬いて、もう一度お願いしますと頭を下げた


「お茶、入れます。お話ししましょう、玲良」


今度は聞き逃さなかったので、彼女はうれしそうに微笑んで頷いた


「白龍様は覚えておいでですか」

「何を、ですか」

「わたしに初めて会ったときのこと」


話題がなかなか弾まず、お茶ばかりが減ってしまう中で彼女がぽつりと呟いた


「……覚えています」


怯えてしまっていたことを思い出して、正面切ってそのときのことを話すのは少し照れる


「わたしはどのように現れたのでしょうか?」

「は?」

「白瑛様は混乱して気がついたらそこにあなたがいたからよく覚えていない、とおっしゃっていたので。もしかしたら、白龍様は何か見ているかもしれないとも」

「……」


白瑛は駆けつけただけだ
白龍のように彼女が現れた現場にいたわけではないので当然だった
しかし、そのことを知るのは白龍ただ一人だった


「すみません、訳の分からないことを聞いて。違うことを「玲良は突然現れました」


彼女が白龍の表情を見て判断して、話題を変えようとしたときに堰を切ったように白龍は話し始めた


「白龍様」

「……刺客でないことは僕が一番分かっていました。だって、玲良は眠っていて、ただそれが綺麗で。意識もはっきりとしていなくて」

「白龍様」

「でも、周りの人が侵入者だと言い出して、僕は何も言えなくなって急に怖くなって「白龍様!!」


もういいのだ
白龍を彼女は責めるつもりで聞いたのではなかった
元の世界に帰る術がないか彼女は探していただけだった
彼女が声を荒げたので、白龍は驚いて言葉を止めた


「そういうことを聞きたいわけではなかったのです。ごめんなさい」

「玲良」

「気にしないでください。わたしは今、幸せですから」

「幸せ、なのですか?」

「ええ、とても」


帰る方法を探している
しかし、落ちた別の世界がこの場所で良かったとも思っている
最初こそ散々なように思えたが、この世界なりの豊かな保護を受け、こうして帰る方法まで探す余裕がある
人と関わること、関わってしか生きていけないことから、だんだんと彼女自身も生きていることを元の世界より実感している


「白龍様、わたしと友達になってくださいませんか?」


言い忘れたことがあったかのように、白龍に彼女は訊ねた


「玲良と?」

「よく考えたら、わたしは年上の方とばかり関わっている気がするのです」

「僕もあまり身内以外と交わらないので」

「よろしいですか?」

「もちろん、喜んで」


互いにゆっくり手を差し出して握る


「でも、友達って具体的に何をしたらいいのでしょうね。わたしも多い方ではなかったので、よく分からないのです」


悩む彼女に白龍は微笑んだ


「姉に聞いておきます」

「じゃあ、わたしは白雄様に聞いておきますね」


もうすっかり打ち解けて友達そのものだというのに、そのことを互いに違う人間から聞くまでは何をしたらいいのか悩む姿は似た者同士とも言えた




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