家族話

□それでも家族は繋がっていく
1ページ/1ページ




これは、とある一家を巡る、愛と再生の物語
一枚の都の絵から生まれた世界、鏡都という世界の一つがある
本来、存在してはならない稲荷が作った箱庭の世界
たとえ作り物の世界でも、人が妖怪が息づいている
家族の大切な場所のはずだった


「都、都」


ここはどこだ
彼女は自分が意識を失ったはずなのに、見たこともない景色の場所に下り立ったことを不思議に思った
そして、優しい懐かしい声で名前を呼ばれている


「都」


古都に似た美しい銀髪に赤目の女性が彼女が声のする方へ振り返ると佇んでいた
けれども、古都にある黒耳がない
声色も古都とは少し違う


「仏眼仏母様?」

「そうよ。よく分かったわね」


何となく分かる
何が違うのかと言われれば困るが、間違えるはずはない
そういえば、意識を失う前に鏡都の崩壊を垣間見たのが引っかかって頭に浮かんだ


「私、死んだの?」


仏眼仏母に会えるとは、あのまま死んでしまったのだろうか
そうであっても、もう別にどうでもいいやとふわふわと漂う中で思った


「違うわ。私が呼んだの。おいでなさい、都。私の子」

「はい」


彼女が恐る恐る近くに寄ると堪らないと言わんばかりに、仏は彼女を抱き寄せた
温かい香り
母の匂い
ああ、やはりここが本当の場所だったのかと安心する


「やはり、私は正しかった。あの方々は立派にあなたを育ててくれた」

「でも、私は」


彼らの家族ではない
本当の母に会えても、愛した家族には会えない
彼女がどのような経緯で生まれて預けられ、育てられたか彼女は知らない
本当のことは何もかもコトと同じで知らない


「そうですね。都が本当を知るのは少し早かったかもしれません」

「私は本当の家族になりたかった。稲荷、古都、鞍馬、八瀬、明恵、そしてコトと家族でありたかった」


彼女は欲しかったものを奪われた子どもそのものだった
手に入れたいものは遠くて、もう手に入らない


「……あなたは本当にあの方々と家族ではないのですか?」

「え?」

「あの方々を大切に思っていませんか?」

「思ってる!思ってるに決まってる。でも、でも!」


家族でもないのに、一緒にはいられない
彼女は口調を荒げた
そんな子どもの彼女の頭を仏はゆっくりと撫でて落ち着かせた


「そういうところは育ての親に似たのかしら。都、あなたは不幸ではありませんよ。ただ、真実を知らなかっただけです。そして、あなたがあの方々を拒否した。ただ生み出された繋がりがないというだけで」

「じゃあ、家族は、家族は何だって言うの!?」


家族である意味は
考えて悩んで駄目だった
一人で考えれば考えるほど怖くなって、彼ら家族が眩しくなった


「大切に思っている、一緒にいたい、今日食べたご飯が美味しい、形は人によって違いますが……それは、家族ではありませんか?」

「え?」


誰もが違う形の家族を持っている
当たり前のようで当たり前ではなくて、大切に気持ちを育て預けている
稲荷は何も話してくれず、彼女は内心不満があった
でも、それも一つの家族の形だと言うのなら
何と不器用な家族の形だろう


「都、恨んではいけませんよ。彼らは知っていた、知った上であなたを本当の娘のように愛してくれた。預けてからずっと、今も。そして、あなたのキョウダイも」

「馬鹿は私だったということですね」


子どものように彼ら家族と何もかも一緒がいいと駄々をこねた
そんなものなくたって、大きな器で優しく受け入れてくれていたのに自分から拒否した


「まだ、間に合いますか?」

「ええ、きっと。行きなさい」

「はい」


彼女は仏の腕の中から自ら離れた
光が両者を包み、扉が開かれる
限られた時間がきたようだった


「さよなら、都」

「またいつか、お母さん。大好き、愛してる」

「私もよ、都」


分厚い扉は閉まった
二度と開くこともない気がした
それでも、どこかで彼女を見守ってくれている気もした
彼女自身がいる世界に戻るために、彼女は後ろは振り返らずに果てしない宇宙を浮遊した


「都、都」

「お父さん、ぼろぼろ……だね」


ようやく意識が戻った彼女は全てが収束しかかった中にいた
疲れた稲荷の顔は見飽きていたが、こうもぼろぼろの素の稲荷を見るのは初めてだった
それだけ状況も酷かったのだろう
世界の崩壊は免れたのだろうか
稲荷の腕の中からむくりと起きた彼女は片割れにも微笑んだ



「!」

「コト、もぼろぼろ」


コトの頬に手を当てるとぽろぽろと大粒の涙が彼女の手を濡らした


「もう、どこ行ってたんだよ。心配して、みんな心配して」

「あはは、ちょっとお母さんとこ」


お母さん?と古都を見比べて不思議な顔をするコトとは対照的に稲荷の反応は素早かった


「会ったのか!?」

「はい。何千年経っても敵わないような人でした」


この世界のどこかで見ていてくれている
心の支えになる
そのことすら見通しているかのように


「そうか」

「立派に、愛して育ててくれてありがとうって、お母さんが」

「……っ」


世界は崩壊しない
まあるくまあるく収まっていく
彼女はきちんと自分の力で地に立つと、頭を下げた
随分と眠っている間にも迷惑をかけた


「お父さん、コト、ごめんなさい。私が馬鹿でした」

「そうだよ、都。妹なんだから本当はもっと馬鹿でもいいんだ」


威張って言う台詞ではないが、コトらしいと彼女は微笑んで頷いた
稲荷は呆れたように笑みを浮かべる


「それは、ちょっと困るかな」

「ふふ」


優しい人たち
彼女と一番多くを過ごし、彼女をよく知ってくれている
どんなに離されても、いつか一緒にいたい


「お母さん」

「まだ、そう呼んでくれるの?」


近くにいた古都にも彼女は同じことを考えていた


「私にはお母さんが二人いるの。仏母と古都。それでいいと思ってる。お母さんはそれじゃ、嫌?」


ややこしいのかもしれない
それでも、家族が多くあるのは良いことだ


「……いいえ。あなたは何があっても大切な私の娘ですもの」

「ありがとう、お母さん」


そっくりな顔を見合わせてお互い力いっぱい抱きしめ合った
絆がより深く交わって、今度は絶対解けないように
事の次第を側で見守っていた明恵も彼女の幸せそうな様子を見て頭を掻いた


「何て言えばいいのか分かんねーけど」

「うん」

「おかえり」

「ただいま、明恵」


明恵は最初に受け入れてくれたキョウダイだった
いつの間にか一緒にいて、コトの世話を一緒に焼いて話して
思い入れが深く、普通の言葉しか出てこない
明恵の顔が以前より思い詰めた様子なくすっきりとしていることに彼女は気がついて、良かったのだと思う


「本当に、世話が焼ける妹たちだ」

「そこがまた可愛いんじゃないの」

「「おかえり、都」」

「ただいま、鞍馬、八瀬!」


人間ではない、絵から生まれた兄や姉
突然現れた彼女とコトを迎え入れ、キョウダイとして繋がれたのは彼らの協力が大きかった
最初は古都を呼び戻す道具の一つのように考えていたのかもしれない
それでも、家族でいてくれたことは大きかった


「好きだよ。離れていても近くにいても、面倒くさくても、このへんてこで楽しい家族が私は大好き!」


どうしようもなく、愛してしまっている


「だから、ごめんなさい。私はあなたたちと家族でいたいです」


たとえ繋がっていなくても、また一から家族を作りたい


「もちろん」

「最初からそうだよ」


本心を言い切った彼女はコトと稲荷に手を引かれた


「うん、うん!」


彼女は家族の丸い温かな輪の中に飛びこんだ
そんな彼女を幾つもの家族の手と腕が支えた
ばらばらだった家族はまた始まりを始めた
苦しみも楽しみも分け合って、終わることなく末永く





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ