家族話

□本当の家族
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これは、とある一家を巡る、愛と再生の物語
彼女も家族も待ちわびた古都の帰還が時を経てようやく叶った
コトがビシャマルに飲み込まれて、明恵と彼女があたふたしているうちにコトは一人で奇跡を連れて閉じられた世界から戻ってきた
待ちわびた人を連れて


「あら、あなたは……都?」

「!」


会ってしまえば、何でもない
本当に彼女の瓜二つの姉妹のようにも思える容姿の、絵と何ら変わらない美しく若い女がいた
兎のように黒耳がついている以外、結んでいる彼女の髪が下されれば、そのままの姿に近い


「お帰りなさい」

「ただいま、都」


自然に出た言葉は古都に受け入れられたらしい
彼女は古都のとびっきりの笑顔と抱擁に包まれた


「コトはお父さん似で、都はお母さん似かしら」


散々どんちゃん騒ぎをしたその日の夜、彼女が夕食の洗い物を終えたとき、彼女は独り言のような言葉に振り返った
コトが縁側で子どものように眠っている
コトを膝枕している古都は彼女がようやく振り返ったのを確認して薄らと微笑した


「何だか初めて会った気がしません」


彼女は水で濡らした手を軽く拭き、髪紐を解いた
銀髪が揺れて胸下までさらりとした直毛が流れる


「あら、初めてじゃないわ」

「知っています。稲荷から何となく聞いているので」


彼を父親だと口に出さなくとも心のどこかで慕っていた
上手く閉まりきらなかった台所の蛇口から水滴が静かにタイルに落ちて宝石のように月に照らされて光る


「そう」

「でも、あなたは本当にお母さんなのでしょうか」


彼女は古都に近づきながら疑問をぶつけた


「……」

「コトの母親、ではあるのでしょう。コトは稲荷にそっくりですから」


彼女は確かに目の前の古都の容姿に誰もが認めるほどに酷似していた
彼女は古都の姿に近い者から生まれたのであろう
しかし、それは古都であって古都ではない
古都の姿は仮の姿
本来の姿は真っ黒い兎だ
その部分を彼女は受け継がなかったと言ってしまえば、それまでだがそれ以上の何かがある気がしていた
会わない分、そんな気がしているのだと彼女は自分に言い聞かせていた
しかし、会ってみてはっきりと分かった
この人は、古都は彼女の母親ではないのだと
どこまでの者が気づいているのか知らないが、彼女では扉は開かれなかった
両方の血を受け継いだコトだから開かれた


「仏眼仏母像」

「!」

「やはり、当たりですね」


一瞬、目を見開いた古都に彼女は綺麗に微笑んだ


「私は仏様から生み落された存在」


争い事を好まず、世の大平を願う
彼女自身、調べれば調べるほどその存在に近いものを感じていた


「私はあなたたちの家族じゃない」


銀髪がさらりさらりと揺れて、彼女は古都の目の前に立つ
否定の言葉はない


「都」

「慰めなんていらない、何もいらない、家族なんて」


いらない
彼女は名前を呼んだ古都の手を擦り抜けてその場にいられなくなって走り去った
優しい手
全てを愛で包みこむ母親の手
仮初でも何でもあの人たちに生み出されていれば良かったのに、と彼女は心から思った
血の繋がりがなくとも彼らが必要として生み出した存在なら家族として居続けられたのに
いらない、邪魔のようなものが彼女は本当に一番欲しかったのだ


「どこに逃げようとしてるんだい、おちびさん?」


暗い森に走ってきて一人で泣いていると、暗闇とは正反対の白い装束を纏った者が彼女の背後にいた


「い、稲荷!どうして、ここ鏡都だよ」


驚きで涙も止まる


「君はどうやって、ここに来たんだい?」

「コトの強制介入に巻きこまれて、それで」


彼女は思わず素直に答えて頷いて唾を飲みこんだ
聞きたいことが沢山あるのに、とっさには何も出てこない


「……はあ。またとんでもないお転婆をやらかしたもんだ、コトは」


次の瞬間、横にあった木が黒い炭になって消えた
鏡都で見たこともない現象だった
ここは物が再生し続ける都
何かが自然に無くなることはない
人も物も何もかも
彼女には異常事態のように思えた


「何、これ」

「弊害だ。コトはどこにいる?」

「多分、明恵のとこ。今日は泊まらないって言っていたから」

「よし」


彼女が背を向けたまま答えると、稲荷はあっという間に彼女の膝裏に手をかけた
転ぶと思った次には稲荷の胸元に抱えられていて彼女は驚いた


「久しぶりねえ、おちびさん」

「泣いてたのか?涙の痕が見えるぜ」

「ねこ!ちょっと稲荷、勝手に抱っこしないで!」


やはり黙らされていたのか気づかなかった意地悪なねこが稲荷と一緒だったかと彼女は何か言われる前に耳を両手で覆った
稲荷にはきちんと抗議したが、聞き入れられるはずもなく明恵のところまで運ばれた
運ばれた先では抱えこみすぎたコトが泣いて、明恵がどうしようもなくおろおろしていた


「それは君が特別だからだ。仕方ないんだよ、コト」

「せん、せい?都?」

「まあ、要は慣れだな」

「稲荷、下して。もういいでしょう」

「はいはい、お姫様」


コトは稲荷しか見えていないようだった
コトは稲荷が大好きだったのだから仕方がない
彼女はそっと下されると後ずさった
家族にこれ以上不用意に近づいてはいけない
むしろ、この場から早急に立ち去りたい
でも、稲荷に会ったときに起こり出した現象に言い知れぬ恐怖があったし、あれが何か知りたかった


「先生、先生!」

「また泣いてんのか、弱虫」

「いつまでも子どもね、おちびさん」

「君の涙も、随分と久しぶりだな」


父と子の美しい再会
コトの涙を拭った稲荷は仮面の中で微笑んでいる気がした


「先生、ねこもこんなところで何してんの?ここ鏡都だよ?」

「ああ、知ってるよ」


すると、脳内に映像が流れた
白黒の砂嵐が混ざったテレビ画面
崩壊の映像
彼女の頭が急に痛くなる


「上人なのか?」


明恵が彼女が崩れ落ちるのをとっさに抱えて、稲荷に訊ねた
そうか、彼は明恵を受け継いだのだ
父親の稲荷から
彼女はそのことを思い出して、明恵から離れようと試みたが、上手く力が入らない
頭の痛みは増し、意識はそこで途切れた
ここにこれ以上いてはいけない
色んな意味で彼女の体にはそう言われているような負荷がかかって逃げ出したいのに、誰かが真逆の力を彼女にかけているようだった
真っ白の軍服に近いそれを着た彼が仮面を外して不敵に微笑みを見せたのが最後に視界に入った





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