家族話

□家族をしる
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これは、とある一家を巡る、愛と再生の物語
彼女が別の世界のキョウダイたちを知る話


「あの、八瀬さん」


彼女は八瀬にお茶会に招待された
正確に言えば彼女らだが
コトは席を外している
そもそも、こちらの世界へ落ちてからコトとは更に別行動が多くなっていた
互いに大切な姉妹だと認識はしている
自然に、ごく自然に行動を共にすることは少なくなり、ご飯と寝るときだけコトは彼女の側に帰ってくる寂しいと思わないわけがない
コトらがのびのびしているのを彼女は止めることはできない
掠めるように擦れ違う
今日だって、そう
久しぶりに姉妹揃って、八瀬のところに遊びに行く予定だったのに、コトはいつの間にか鞍馬の連中の相手をして出て行ってしまった


「嫌だわ、そんな他人行儀に八重さんだなんて。八瀬でいいわ」


鬼だと聞いていたが、実物の八瀬の雰囲気は可愛らしい女の人
優雅に紅茶を啜って、彼女にも飲むように勧めてきた


「本当に」


八瀬は彼女から視線を外さない
彼女を横に座らせて、頭を優しく撫でる
ただの妹にする以上に何かを彼女に感じているようだった


「都はママによく似ている」

「ありがとう」


よく言われる
彼女は八瀬がする話を頷いて聞いた
ほとんどが母親の話で、どんなに素晴らしくて素敵な人だったか、何を思い出として残してくれているのか語って宝物の実物を見せてくれた
彼女は姉であるはずの八瀬を中身も本当に可愛い人だと思った
美しい思い出をいつまでも大切に、母親の帰りを待っている


「……八瀬は私とコトが古都様の娘だと本当に思ってる?」


彼女は一通り話が尽きた八瀬に訊ねた
八瀬はきらきらとした大きな瞳を更に大きく見開いて、彼女を抱き寄せた


「ええ、勿論よ。ようやく出会えた、ママの落し物」


所詮、彼女もコトも古都が落っことした八瀬の宝物の一つに過ぎない
彼女はさっと血の気が引いた


「帰ります」


彼女が機嫌を損った理由が分からなかったのだろう八瀬は彼女に思い出のアルバムなどを大量に押しつけて、また返しに来るように念を押した
彼女は曖昧に笑って頷くだけで精一杯だった


「コトいます?ショーコ博士」


彼女はとぼとぼと明恵の家に帰る帰り道に思い出して別の場所に立ち寄った
鞍馬寺
住職一派の下っ端が混乱している中、中に潜りこみ、目的の人物を見つけた
相変わらず機械と睨めっこしていて、彼女が声をかけるまで彼女がいることにすら気づいていない


「ちょっと、あんたの妹いい加減に止めなさいよ!」

「姉です。また、暴れてるんですね。本当に元気だなあ、コト」


画面の中のコトは阿吽と相変わらず楽しそうに暴れまわっていて、彼女の嫌なことも一緒に吹き飛ばしてくれるような様子が微笑ましかった
しかし、世界を管理するすれば堪ったものではないのだろう
苛立ちが最高潮のときに訪ねてしまったらしく、ショーコは彼女に食ってかかった


「暢気なこと言わないで。後が大変なのよ!」

「まあまあ。私が言っても聞くような姉じゃないですし」


抑えて抑えてと部下の人がショーコの周りでおろおろしているのが実に可哀想だった


「どうぞ、都さん。粗茶ですが」

「ありがとう、伏見さん」


この人はいつも冷静だなと彼女はショーコから少し離れてからお茶を受け取って、成り行きを見守る


「珍しい客だな」

「鞍馬さん」


今日は本当によくキョウダイに会う日だ
お化けのように急に浮かんで現れた鞍馬に彼女は会釈した


「姉の方はここをよく荒らしていくのだが、妹の方は引っ込み思案でいけない」


言葉自体は褒められているのかどうかよく分からないものだが、八瀬と同じように鞍馬は彼女の頭をそっと撫でた


「平行世界に鞍馬寺があります」

「ほう」

「私は住職のおばあちゃんに本当によく面倒を見てもらいました。父はあれで、姉もあれなので」

「なるほど」

「私の中の鞍馬寺はあの場所だけ。ここはどうも一緒で、でも違って懐かしすぎる」


思い出の中に生きているのは八瀬だけではなく、彼女もまた思い出を胸に生きていた
コトの阿吽は家族だが、鞍馬寺の阿吽もまた彼女の中に生きている
勝手な話だが、機械化した鞍馬寺はしっくりこない
辺境でもどんなにアナログでも空気感が違う


「参考にさせてもらおう」


そう言って忙しそうに去っていく鞍馬の後ろ姿は思い出の中の住職にとても似ていた
彼女はお茶を飲み終えると、コトを回収しに鞍馬寺の映像から目星をつけた場所に向かった


「コト、阿吽!」


屋根に上って一番大きな声で叫ぶ
鏡都中には聞こえなくとも、その辺一帯には聞こえたのだろう
コトが阿吽と連れ立って屋根に上ってきた


「何だ、都か。どうしたんだ、大きな声出して」

「まあ、色々と言うこともあったんだけど」


忘れてはいないが、今日の約束破りを言うことも説教くさくなりそうで面倒だった
彼女は苦笑して阿吽の手を無理矢理握った


「ご飯の買い物行くよー」

「何だよ、明恵に手伝わせればいいじゃん」

「こら、阿。ちょっとは手伝って。帰れたら、おばあちゃんに言いつけるよ」

「それだけはヤダ」

「はいはい。なら、手伝う!」

「何買うの?」

「色々。あなたたち、よく食べるんだもの」


本当は食べ物なんてなくても大丈夫なはずなのに、阿吽はよく食べる
食べるだけ食べて準備や片付けをしないのはどうかと彼女は常々思っていた
飼い主の、コトの躾が甘い


「ちょっと、待ってって!」

「なあに、コト。今日は散々遊んだでしょ?」


服の端を握ったコトに彼女は聞いた


「……ハイ。都、怒ってる?」

「怒られるようなことをした自覚はあるんだ?」


無鉄砲なだけではないのが、コトだ
単純に見えて、色々考えていて、でも本能にも忠実なのがコトだ
分かっていてもコトを制しきれていない彼女自身が一番苛立ちの原因だった


「八瀬のとこ一緒に行くって」

「もう、いいよ」

「都は滅多にお願いしないのに」

「いいよ」

「ごめん」


馬鹿みたいだ
勝手に怒って勝手に許してしまって、それをどう伝えればいいのか分からない
コトのすることなんて、もう当の昔に許すしかないと思っている


「あー、もう。怒ってないの!買い物買い物!」


彼女がコトの手を払って行ってしまいそうになったとき、コトは飛びついて彼女と阿吽と一緒にそのまま地面に転がった


「ちょっと、コト。力強いんだから手加減……「ヤダ」


どっちが姉だ
本気で頭を抱えそうになった彼女は転がったまま、通行人に愛想笑いをした


「何、気に入らないことある?」


彼女がきちんとコトに向き合って地面に座った
阿吽がその彼女の横にちょこんと座った
コトも彼女の方を向いて座った
傍から見れば何の反省会だ


「都は時々、すごく遠い」

「え?」

「いつか、ママみたいにいなくなってしまいそうなんだ。でも一緒にいればいるほど、欲張りになって」


ずっと一緒にいたくなってしまう
彼女はコトの言葉を聞いて、何かがつっかえた胸の奥から溢れた気がした
目から熱いものが抑えきれなくなって、見っともなくぼたぼたと落ちて服と地面を汚した
そのことが更にコトや阿吽をぎょっとさせてしまったらしい
必死に彼女を慰めてどうしようもなくなっているところ、原付で通りがかった明恵が見つけて仲直りさせてまとめて連れて帰った
彼女は何やかんや面倒だけれども、キョウダイって良いものだと思って今日も目を閉じた





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