家族話

□家族のありよう
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これは、とある一家を巡る、愛と再生の物語
始まりと終わりが始まる前の彼女の日常の話


「……いなり」

「何だ、都か」


双子の姉のコトは目の前の男を先生と呼ぶ
コトは戦闘向きで強くなった
学校に行って学ぶよりも目の前の男から教わることの方が多かったに違いない
それにしても、先生とはどうなのか彼女はまだ理解はしているが納得はしていなかった
月明かりの綺麗な夜
男は静かに任務から帰ってきた
彼女はその気配を感じ取って、隣で眠るコトを起こさないように起きて、裸足で歩いた
自分でも無自覚に気配を消して歩いていた
前を歩く男に追いついて、コートの裾を掴んでようやく男に振り向いてもらえた


「どうした?」


男は疲れているように見えた
任務の後はいつもそうだ
音もなく帰ってきて、次の日の朝には死んだようにベッドで眠っている


「コトが、学校に行きたくないって」

「それは困ったな」

「わたしもコトがいないなら行きたくない」

「……それはそれは」


双子とは不思議なもので、精神の奥深くで繋がっている
コトの感情が彼女に伝わり、彼女の感情もコトに伝わる
コトは気づいている
男がただの引き取り手の育ての親ではなく、本当の父親であること
言わないのは長年、先生として接した期間が長いからか深いところに踏み込ませない何かが男にあるからか、彼女にはそこまでは分からない
コトが気づいたと同じ時期に彼女も事実を察した
黒い兎、壁面いっぱいに描かれた都
何を意味しているのか分からなくても、男がそれらを大切にしていることを知ったからだ


「いなりは、わたしにもっと強くなってほしい?」

「君たち双子は全然違うからね。それに都は『神社』のことを考えていないだろう?」

「だって、わたしたちは違うもの」


最初から存在が異質だった
男もコトも彼女も、世界の秩序とは違う何かでできているようで、周りは奇妙なものを見る目で腫物に触るかのように接した
何故かは彼女にも分からなかった
何も知らされはしなかったから
ただ、男が何かを知っているのだということは分かっていた
いつまで経っても何も教えてくれやしないのも知っていた
彼女の守りたいものは、世界の秩序ではない
彼女自身、側にいてくれるコトや男だった


「都の作るご飯が好きだよ。いつもおいしいし、コトの面倒もよく見てくれているし、それで十分だと思ってる」

「何それ。わたし、まるでお母さんみたい」


彼女の記憶に母親がいた記憶はない
でも、母親がいればこんな風なのだろうなと想像したり人のものを見ていたりしていると考える
彼女が母親のことを言ったのが意外だったのか、男は少し固まった
しかし、次の瞬間には彼女の頭を優しく撫でた


「そうだね。都はお母さんに似ているよ」

「本当!?」

「ああ」

「いなりは、わたしのお母さんに会ったことがある?」

「コトと君が生まれてから少しね」


彼女は初めて聞く話に瞳を輝かせた
男はあまり家族の話をしたがらなかった
させない雰囲気があった
任務で疲れ切っていたからだろうか重たかったはずの口から少し本音が漏れた気がした
それでも、男の口からまだ本当のこと全ては聞くことはできない


「一緒に寝るかい?」


部屋に辿り着いた男は彼女の分の広さを空けて横になった
彼女は頷いて横に滑りこむ
電気はなくても暗がりでも、月明かりで互いの顔がよく見える


「任務、お疲れさま。おやすみなさい」

「おやすみ」


彼女は彼女自身が分かっていればいいと思った
本当のことを話してくれなくても、何となく察することはできる
家族のために何かしたいという彼女の思いは誰にも否定することができない
今は歪な形でも、いつかそれなりの形になれるように彼女が頑張ればいい
目の前の男の顔をしっかりと焼きつけて、彼女は赤い瞳を閉じた




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