Butterfly

□After-After
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手首の痛みにヒナが目を覚ますと、そこは見知らぬ船の中だった。


「……ここは……」

「恐らく、海賊船だ」

「!」


その声に驚いて横を見ると、自分と同じように手首を錠で繋がれた女がいた。


「……ベアトリー・レイン!? 一体……!?」

「捕まったんだ、私を追っていた海賊に」

「あなたを……? それじゃ……!」

「あぁ。あんたはついで、だろうな」

「な……!」


最悪だ。

海軍が海賊に捕まるとは。

自分の部隊をわざわざ離れた海で待機させていたのがまずかった。

しかし、大勢で移動するとスモ―カ―に悟られる恐れがあり、なによりこの女は絶対に自分の手で捕まえたいと思っていたのだ。


「あんたも災難だな……」


レインは慌てる様子もなく、どちらかというと楽しんでいるようにも見える。

こんな状況に慣れているのだろうか。

ヒナは自分の手首に視線を移した。

この手錠は見た事がある。


「海楼石……」


どうりでさっきから力が出ないはずだ。

落胆の溜め息をつきながらレインの方を見ると、お揃いの手錠が手首を光らせている。

両手を上に掲げた状態で、手錠は鉄のパイプに通されていた。

絶望的だ。

しかも、よりによってこの女と共にいなければならないとは。


「なぁ……あんた、スモ―カ―を知ってるのか?」

「え……?」


この状況に腹立ちを感じているヒナに、レインはまるで世間話でもしているような口調で聞いた。


「同期よ……それが?」

「そうか……。いや、別に」

「……」


この女はスモ―カ―の船に乗っていた。

だから知っていてもおかしくはないが、この時の懐かしむようなレインの表情が、ヒナは気に入らなかった。


「あなた、利用したんでしょ? 彼を……!」


睨みつけるように見つめると、この時、レインと初めて視線がぶつかった。


「……そうかもな」

「!」


レインは一瞬だけ哀しそうに笑うと、また前に視線を移した。

ヒナは、そんなレインに今までとは違う興味が沸いた。

以前会った時はもっと感情を表に出しているような女だった。

激しい怒りや悲しみを剣の力に変えているような、そんな印象だった。

必死に何かを守る為簡単に自分の命を投げ出すような、そんな危うい強さを持っていた。

しかし、今のレインからは何も感じられない。

すぐ傍にいるというのに、その瞳が何を映しているのかさえも、ヒナには理解できなかった。


「……あなたは、何の為にこの海にいるの?」

「別に……。男に会いに来ただけだ」

「では、その剣はなぜ処分しないの!? あなたもその剣に殺されそうになった一人でしょ!?」

「……」


レインはスモ―カ―が言っていた事を思い出し、剣に視線を落とした。

確かに、この剣はこの世にあってはならないものだろう。

しかし、この剣は魔剣でも聖剣でもなく、今は切れ味のいい、ただの剣だ。


「親の形見だから持っている……。それだけだ」

「……」


この女は一体何を考えているのだろう。

図りきれない不気味さがヒナを一層苛立たせた。


「はぁ……わからないわ。海賊の考える事なんて……」


ヒナは呆れたように溜め息をついたが、レインはそれを聞いて吹き出した。


「はっ……海賊か。私は誰からも何も奪ったつもりはないが?」

「何を言っているの!? 今はそうでも、この先その剣が奪われたらそんな事は言ってられなくなるわ! ……さっき言ってた、会うつもりの男だってどうせ海賊なんでしょ!?」

「……」


確かに海賊だな。

それも、今や立派な悪名が轟いている。


「……あんたは惚れた男はいないのか? 海軍は恋愛禁止って事はないんだろ?」

「何……? そのガ―ルズト―ク!? 余計なお世話よ! 大体男に会いに行くってのに、あなたのそのラフさは何!?」


レインは、Tシャツ、ジ―ンズ、サンダルという簡素なスタイルだった。


「ん……だめか? だって動きにくいだろ? 服なんて、戦闘になったらすぐボロボロに……」

「だめよ! 全然だめ! 可愛らしいスイ―トさの中にも上品かつセクシ―なものが前面に出てる服じゃないと! てか、あなた元王女でしょ!?」

「はは! 城にいた頃もドレスなど着なかったからな……。物心ついた時から戦争だ。常に鎧に身を包んでいた……」

「……」


クライズメインの事は知っている。

ノウマという国に一日で滅ぼされた事も。

そのずっと以前から、政府はこの剣に目をつけていたのだから。


「スイ―トでセクシ―ね……。覚えとく!」


そう言うと、レインは微笑みを向けた。

その笑顔は、女でさえもはっとする程美しかった。


「あぁ、そういえばここにもう一つ……」


レインが足元にある自分の荷物に目を移した時、薄暗い部屋に灯りがさした。


「カ〜ワイ〜子さん方ぁ〜! ト―ク中失〜礼ぃぃぃ〜!」

「!」

「……お前は!?」


部屋に入ってきた男は間違いなくレインを追っていた海賊だったが、ヒナはその顔に見覚えがあった。


「まさか、『濡れ髪のカリブ―』!? あなた達が私を……!? どうする気なの!?」


この男は海兵殺しで名をあげた、海軍にとっては許せない男だった。


「ケヒヒヒィ〜! あんた達は上玉だからなぁ〜! い〜い値段で売れるだろうなぁ〜!」

「!?」

「売る!? 馬鹿な……! 私は海軍本部の大佐なのよ!? そんな事、政府が許さないわ!」

「ケヘヘヘェ〜! そうかなそうかな〜? あんたの言う政府ってのは、天竜人に頭が上がっちゃわないだろぉ〜? 何をやっても見て見ぬ振りじゃないぃ〜?」

「!」


まさか、世界貴族に売るというのか。

あの腐りきった者共なら、確かに女なら海兵でも厭わないだろうな。

むしろ、悦ぶかもしれない。

なんせこの女は能力者だ。


「しかし、ベアトリー・レイン〜? お前は海軍に引き渡した方がお得かなぁぁぁ?」

「……」

(とにかく、こいつらの目的はわかった。……あまり刺激しないようにして、隙を見て逃げるか)


しかし、レインの思惑とは裏腹にヒナは怒りで身を震わせていた。


「……そんな事できないわっ! この海賊船は既に私の部下が追っているはず!! あなた達は全員インペルダウンに幽閉されるわよっ!!」

「んん〜……? 部下の海兵さん達を信じちまってんのかい? やだよぉぉ〜軍艦なんか呼んじゃぁぁ〜!」

「あ、兄助っ! 軍艦! 来る!?」


そこに、一際大きな男が入ってきた。

どうやらドアの傍にいて話を聞いていたようだ。


「おバカさんがぁぁ〜! 来ねぇよ軍艦なんてぇぇぇ〜!」

「すんませんっした! 兄助すんませんっした!」

「『返り血のコリブ―』……。兄弟揃ってバカね! 今頃私を探してるに決まってるわ! この船を見つけるのも時間の問題よっ!」

「なんだとぉぉ〜?」

「……」

(この展開はまずいな……)


レインはヒナに詰め寄るカリブ―をちらと見て、自分の目の前にいるコリブ―に小声で話しかけた。


「ねぇ……。これ、外してくれない?」

「えっ!? それは、だめ! だめ!」


驚き首を横に振るコリブ―に、レインはにっこり微笑みかけた。

そして、自分のつま先をコリブ―の足首の辺りからゆっくり上へと滑らせた。


「これを外してくれたら……お前を天国に連れていってやる……」

「!?」


優しく滑らせたつま先が股間に到達すると、レインはそこをそっと押した。


「はえっ!! 外す! 外す!!」


コリブ―は自分の腰に下がっている鍵を喜んで取ろうとしたが、興奮してそれを床にがちゃっと落とした。


「おバカさぁぁぁんっ! 何してやがんだっ!!」

「はえっ! 兄助すんませんっ!」


カリブ―は鍵を拾わせるとヒナから離れ、レインへ近づいてきた。


「ベアトリーぃぃ〜? いけないよぉ〜! 純真な弟を惑わせちゃあ〜! いいか? コリブ―! この女は名だたる海賊を咥え込んできた魔性の女だぁ〜! 騙されちゃいけねぇ!」

「……ち」

「……」

(やっぱりこの女に関する噂は本当のようね……。女を武器に戦ってきたんだわ……不潔!!)


ヒナは、こんな下衆な海賊にさえ色目を使うレインに、軽蔑の眼差しを送った。

しかしレインはというと、まったく悪びれた様子は無い。


「それに……」


カリブ―は再びヒナに振り返った。


「この女を黙らせる方が先だぁぁ〜ケヒヒヒィ!」

「!」

「野郎共〜! やっちまえよ! この女をぉぉ〜!!」
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