Butterfly
□After-5
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眩しい光に眉を寄せると、シャンクスは目を開いた。
どうやら、もう朝のようだ。
体に少しだるさが残る。
(昨夜は悪戯が過ぎたか………)
シャンクスは小さく息をつくと、上体を起こした。
室内を見回すが、レインの姿はない。
まさか一人で外にいったのかと、ロ―ブを纏ってベッドから降りると、足早にドアに向かって歩いた。
しかし、ドアノブに手をかけようとした時、それは勝手に回って突如開いた。
「!」
「ッ……! びっくりした!」
ドアの向こうにいたのはレインだった。
しかし、その姿はいつもとは全く異なっている。
「……どうだ?」
レインはノ―スリ―ブの黒いドレスに身を包み、ほっそりとした脚の先は高いヒ―ルのついたミュ―ルを履いていた。
それは、間違いなくシャンクスが贈ったものだった。
眩しいほど白い肌が、漆黒の布によって一層引き立てられている。
それはもちろん計算済みでの事だが、シャンクスはレインに他の質問で返した。
「……レインお前……見えるのか?」
その問いに、レインは真っ直ぐシャンクスの目を見て微笑んだ。
「あぁ……。まだはっきりとじゃないが……」
言いかけた時、突如シャンクスに抱き締められた。
「よかったな……! 本当に……」
「……シャンクス……」
「よし、飲むぞ!」
「……あ? え?」
シャンクスはレインの体を離すと、すぐさま外に飛び出していった。
「みんな起きろ!! 宴だっ!!」
「おい……朝から何言ってんだ……」
「レインの目が見えるようになった!!」
「……何ぃッ!?」
レインは皆と共に甲板に出ていたが、勿論酒には手はつけなかった。
「おいレイン! これも食え!」
「……ん!」
シャンクスから差し出されたものを頬張り、レインは目を輝かせた。
「な? うまいだろ?」
にっこり笑ったシャンクスに頷くと、レインも微笑んだ。
「……」
「なぁ……大頭とレインて、どうなってんだ?」
「……わからねぇが、幸せオ―ラ全開なのは間違いねぇ」
微笑み合う二人を、皆は少し羨ましく、それでいて微笑ましく眺めていた。
少しその場が落ち着くと、レインは皆と離れ、一人海を眺めた。
「……レイン」
振り向くと、シャンクスがいた。
シャンクスは横に並ぶと、同じように海を見ながら小さく息をついた。
「……行くんだろ?」
「あぁ……」
どこかすっきりした表情でレインは微笑んだ。
「あんな事があったんだ……。せめて途中まででも送らせてくれ」
「……」
しかし、レインは首を横に振った。
「一人で……いたいんだ。……この海で」
「……」
シャンクスはまた溜め息をついた。
「……わかってると思うが、この海は危険だ。何かあったらすぐ……」
「呼ばない。……もう誰の手も借りない」
「……」
そのレインの様子に、シャンクスは一層深い溜め息をついた。
(なんて頑固な顔してるんだ……。まったく)
「……わかった。ただ一つだけ言わせてくれ……」
「ん?」
シャンクスはレインに向き合って、髪を優しく撫ぜた。
「……お前みたいに美しい女はそういない。だから、自分を卑下するような真似は絶対にするな!」
「え……」
「強くなるのと、逃げるのとは違うって事だ……」
「……!」
レインは、自分の弱い心を見抜いたシャンクスの言葉に、胸を貫かれた。
今まで、自分の身を顧みず戦ってきたレインにとって、この体など、道具の一つに過ぎなかった。
心のどこかで、常に汚れた自分を責め続けた。
殺し屋の血。
両親の死。
そして、自分の命と引き換えに奪った愛する男の命。
しかし、人を愛する前にまず、自分を愛してやるべきだった。
誰に抱かれても同じ。
いつ死んでもいい。
この自虐的な思考の事を、シャンクスは心配してくれているのだろう。
「だから、レイン……」
俯いて黙るレインに、シャンクスは顔を寄せて驚いた。
レインは笑っていた。
しかし、その瞳からは、涙が溢れていた。
「なんだお前……どっちかにしろよ……」
「ははっ……私に説教とは……シャンクスもオヤジだな!」
言いながら涙が止まらないレインを、シャンクスは抱き寄せた。
「オヤジは余計だ」
「ふふっ……だが、言われた通りだ……。私はもっと、自分を好きになりたい……」
「……なれるさ。お前は皆に愛されている」
「ありがとう……シャンクス……」
二人はしばらく抱き合ったまま海を見つめた。
周りの者の目からは、恋人同士が仲良く抱擁しているようにしか見えなかったが、二人にとってそれは、別れの儀式だった。
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