Butterfly

□After-3
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「……どこへ行く?」

「!」


ベッドから抜け出たレインを、スモ―カ―は引き止めた。


「別に……」

「行くな」

「あっ……!」


強引に手を引き、レインをベッドに引き戻す。


「ちょ……トイレだって」

「嘘をつけ」


まだ何か言おうとする口は、面倒なので塞いでおいた。


「んん……!」


一体、暗い海を見つめながらいつも誰を想っているのか。

それが自分じゃない事は確かだ。

だから、レインに海を見に行かせたくはない。


(子供っぽい嫉妬か……)


まったく、自分に嫌気が差す。

しかし、なぜだろう。

この女は近づけば近づくほど、手放したくなくなる。

面白いように深みにはまる自分を滑稽だと思っているにもかかわらず、それはとても心地いいもののような気もするのだ。


「あっ……!」


スモ―カ―は、両手でレインをベッドに縫い付け、その体に顔を落とした。

レインは小さな抵抗を見せたが、無駄と思ったのか、それはすぐに止んだ。

これじゃまるでレイプだ。

スモーカーは自分の中の罪悪感を打ち消すように、夢中でその美しい体を貪った。


「あぁっ! ……はっ……スモ……カ……あ……」


次第に例の傷痕が薄っすらと浮かび上がってくる。

それを見ながら両手を押さえていた手で、今度は細い脚を持ち上げ、体を繋ぐ。

途端に、レインの体は弓なりに反った。

不思議だ。

レインの体は抱けば抱くほど馴染むように絡み付いてくる。

甘く掠れた声は自分をこの体に縛り付けておこうとするかのように、淫らな毒で鼓膜を痺れさす。

レインは知っているのだろうか。

この、男を惹きつけてやまない、悪魔のような魅力に。





夜中にベルの音で目が覚め、しばらく葉巻をふかしていない事を、脱力した体が即座に訴えてくる。


「レイン……」


部屋の中にはいないようだ。

やはり、海を眺めに行ったのだろうか。

鳴り続ける電伝虫に手を伸ばした時、突然視界が大きく傾き、船が揺れている事に気付いた。


「!?」


目覚めたばかりの体は無防備に投げ出され、部屋の壁へと激しく打ち付けられる。


「ッ……なんだ!?」

「……大佐……大佐!」


気付くと、さっきの衝撃で受話器が外れたらしく、必死に呼びかける部下の声が聞こえてくる。


「どうした!?」

「嵐です! ……見た事もないような、とてつもなく大きな嵐が突然……!!」

「!」

(レイン……!!)


スモ―カ―は、受話器をそのままに部屋から飛び出した。




甲板は暗く、打ちつける激しい雨で、視界はほとんど遮られた。

まるで台風のようにうねる風が、巨大な軍艦を嘲笑うように揺らす。

なんとかその姿を捜すが、自分さえまともに立っている事もできない。

柵伝いに進むと、少し先に同じように柵にしがみ付いている人影を視界の端に捉えた。


「レイン―ッ!!」


こちらの呼びかけに、小さく反応する動きが見えた。

何かを叫んでいるようだが、豪雨と波の音が邪魔をする。


「待ってろ! そこを動くなっ!!」


その時、船体が大きく横に傾いた。


「!」


思わず柵にしがみ付き、すぐにレインの無事を確認しようと何とか前を向くが、今まであった場所にその姿はなかった。


「レイン……!」


レインは、先ほどとは反対側の柵にしがみ付いていた。

しかし、その体は柵の内側ではなく、外側に弾き出されており、どこかを痛めたのか、その顔を苦痛に歪ませている。

片手だけで柵を握っているが、この自然の脅威の前では、それはすぐに吹き飛ばされてしまいそうなほど弱々しい。

しかし、歩み寄るスモ―カ―に向けたその顔は、なぜか笑顔だった。

先ほどから叫んでいる言葉は、どうやら感謝の言葉のようだ。


「なんだ……やめろ! すぐ助けてやる……!!」


もう少しだ。

もう少しで手が届く。

懸命に伸ばすその手を、レインが握ろうとした瞬間、大きな波が船に襲い掛かった。


「!」


非情な波にさらわれ、二人の指先はほんの束の間触れ合うとすぐに離れた。


「レイン……!?」


次に目を開けた時、もうそこにレインの姿はなかった。

この船に、レインはいない。

あるのは、大きくうねる波だけだ。

レインはその中に呑み込まれた。


「レイン―ッ!!」

「……大佐!? 危険です!! 早くこちらへ!!」

「放せ!! レイン!! レイン―ッ!!!」

「おい!! 大佐をこちらへお連れしろ!! 早く!!」


駆けつけた数人の部下によって、スモ―カ―は船内へと引きずられるようにして連れて行かれた。


「放せ!! 人が落ちたんだ!」


すぐにまた出ようとするスモ―カ―を、今度はたしぎが止めた。


「スモ―カ―さん……。これを」

「!?」


それは手配書だった。

誰でもない、レインの手配書だ。


「なんだこれは!?」

(なぜ……このタイミングで……!?)



上は一体何を考えているんだ。

散々見ない振りをしてきて、今更一体なんなんだ。


(もしや、この軍艦で送らせたのは……捕らえる為か!?)


嵐で段取りが狂ったか。

だから、こんなものを。


「スモ―カ―さん……知ってたんですね……」

「くっそ……!! 人が救えないで、何が、『海軍』だ―ッ!!!」


スモ―カ―は、最後に見たレインの笑顔が頭に焼き付いて離れなかった。









After-4
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