Butterfly
□After-2
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「元気そうだな。お前達……」
レインは懐かしい森へと来た。
そこには凶暴なヒヒが群れをなしている。
皆レインの姿を見て興奮し、鋭い歯を剥き出しにしている。
ミホ―クに拾ってももらった頃はよく、剣の相手をさせていたものだ。
こいつらは皆強い。
しかし、今のレインを見て立ち向かってくるヒヒはいなかった。
「なんだ……怖いのか? 私が……」
レインは一歩踏み出したが、ヒヒ達は一斉に恐れをなしたように逃げていった。
少し寂しいような気もしたが、まぁ、楽に散歩できていいかもしれない。
「……だから、何をしとるんだ、お前は」
相変わらず呆れ顔のミホ―クが背後から声をかけた。
「だって……懐かしいから」
「のん気に散歩か? ……もう日が暮れる。城へ入れ」
レインは黙って頷いたが、何だかんだ言いながらも自分を気にかけてくれているミホ―クに、心が温まる思いがした。
以前も何食わぬ顔をしながら、この男は何度も命を救ってくれたのだ。
「……」
しばらくミホ―クの背中を見つめていたレインは、ずっと引っかかっていた疑惑が確信に変わるのを感じた。
「ミホ―ク……。あの時城に来たのは、もしかして偶然ではないのか……?」
「なんだ? ……そんな昔の事など忘れた」
「……」
やはり、クライズメインが襲われたと知って、来てくれたに違いない。
父との関係を深くは語らなかったが、家宝の剣を預けるほどの仲というのは、よほどの信頼関係がないときっと無理だろう。
もしくは、父はジュ―ドの事を薄々でも気付いていたのだろうか。
それならば、少しは救いがある。
深く信頼している家臣に裏切られたと思いながら死んだのでは、父があまりにも浮かばれない。
「……何を考えてる」
「え? ……あぁ。ミホ―クに説教されると父の事を思い出すな、と」
それを言った途端、ミホ―クの眉がぴくりと動いた。
「あはは! 冗談だ!」
レインは素早く駆け出して、城の中へと逃げ込んだ。
「まったく……」
ミホ―クは深くため息を付いたが、以前とは違い明るく笑うレインに少しほっとしていた。
バナロ島で禍々しい妖気に包まれたレインを見た時は、正直ぞっとしたものだ。
ベアトリー家に伝わる呪いなどその時までは全く信じていなかったが、その血にまみれた光景は話の信憑性を高めるには十分すぎるものだった。
しかし、そんな懸念を消し飛ばすように、レインは更に強く美しくなって自分の目の前に現れた。
(ふっ……すっきりした顔をしおって……)
ミホ―クは、先ほどのレインの顔を思い出して薄く笑った。
「ミホ―ク……エバフォ―ル城に住まないか?」
「……なぜだ」
「別に……。城が好きなんだろう?」
「何でもいいというわけではない。……お前の方こそ、住まないのか」
「……」
もはや無人のあの城は、今はまだその美しさを何とか保ってはいるが時間が経てば朽ちていくだけだろう。
自分が生まれ育った所をみすみすそうはさせたくないが、今はまだ戻る気にはなれなかった。
黙り込んだレインを見て、ミホ―クは別の話題を振った。
「明日……近くの町まで送ってやる。お前はそこで、海軍の船に乗り込め」
「え……?」
「お前の行きたい所へは、海軍に連れて行ってもらうのが一番手っ取り早い」
「ミホ―ク……」
「わかったらさっさと……ん? なんだそれは。……熊?」
ミホ―クは、レインの手に握られている物に気が付いた。
「あ! やらないぞ! これは大事な物なんだ!」
「……いるか! さっさと寝ろ!」
それを握り締めたレインが笑いながら部屋を出て行くと、ミホ―クはシャンクスに聞いた話を思い出した。
剣の呪いによってレインの手は血のような痣ができている、と。
そして、夜もろくに眠れないほど毎晩うなされている、とも。
しかし、既に灯りの消えた部屋を覗くと、ぐっすりと眠るレインの姿が確認できた。
その手にはもちろん、痣などは見当たらない。
呪われた運命はレインの命を持ち去らなかった。
結局の所、あの男に守られたのだ。
レインが愛した、あの男に。
「……」
ミホ―クは、レインの髪を撫ぜた。
すると、先ほど見た小さな熊をレインが握ったままである事に気が付いた。
こんな物を大事にしているとは、まだまだ子供だ。
しかし、その小さな温もりを握って眠るレインは、普通の少女と何も変わらないのだ、ともミホークは思った。
レインの額にそっと口づけると、ミホ―クは静かに部屋を出ていった。