Butterfly

□After-1
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この女にのめり込むのはごめんだ――。

そんな思いとは裏腹に、ローはレインの姿をつい目で追ってしまっていた。


「なぁ、レイン。お前これからどうすんだ?」


クル―の一人が食べ物を頬張りながら、酒以外のものを口に含んでいるレインを見上げて言った。


「あぁ。行かなければならない所がある……。どこか町に着いたら降ろしてくれ」

「ん? 近くまで乗ってけばいいじゃねぇか。なぁ、キャプテン!」

「……」


しかし、ロ―は何も言わず酒を飲んでいた。

レインは不機嫌そうなロ―を見て、つい小さく吹き出した。


「いや、いいんだ。それに、何度も会いたくはないだろう? あの男には……」

「!」


その言葉に、その場にいる者全員の手が止まった。


「あの男って……。もしかしてお前……」

「……」


その時、遅れて入ってきたクル―が、少し調子を上げた声で叫んだ。


「おい! 島が見えたってよ! 今度の島はでかそうだ! ……て、あれ? どうした……?」


仲間の反応が薄いのを見てその男は不思議そうな顔をしたが、レインは立ち上がり、皆に振り返った。


「……だそうだ。そこで降ろしてもらう。皆、世話になった!」

「レイン……」


レインはすぐにでも部屋を出て行こうとしたが、


「待て……」


今度はロ―が立ち上がった。


「なんだ?」

「――治療費を置いていけ」

「……」


レインはドアに向かっていた足を止めると、ロ―に近づいた。


「そうだな。では、これで……」


レインは何かを握った手を出し、ロ―にも手を差し出すように促した。


「……」


ロ―が右の掌を見せると、レインは握った左手を置いた。

しかし、ゆっくりと開かれたそこには何も無い。

そのかわりに、レインはロ―の手を掴み、引き寄せた。


「!」


掌を見て文句の一つも飛び出しそうだった唇を、レインは半ば強引に塞いだ。


「あぁっ!!」


どよめくクル―達を尻目に、一瞬引いたロ―の体を逃がさないように両腕を首に回し、レインは更に引き寄せた。


「キャ、キャプテンが……ッ!」

「レインに……!」

「襲われる〜っ!!」


ロ―はしばらく固まったように動かなかったが、その体を振りほどくような事はしなかった。

レインのキスは情事の時のそれとは違い、溢れるような優しさに包まれていたのだ。

まるで、自分を慈しむ愛のようなものを感じずにはいられない。


「……ッ」


ロ―は耐えられないようにレインを抱き締め、その愛情を貪った。

どよめき、時折冷やかすような声が上がっていたその場は、一転、水を打ったように静かになった。

ロ―はレインをテ―ブルに押し倒すと、その頬を両手で包んだ。

皿やグラスが落ち、床に食べ物が散らばったが、それでも二人は唇を離そうとはしなかった。


「……」


皆は固唾を呑んで二人を見守った。

それ以外に、できる事は一つもなさそうだった。




ロ―は名残惜しそうに唇をそっと離し、吐息を漏らすと、レインを見つめた。


「……やはり、お前みたいな女はごめんだ」


レインもロ―の瞳を、しっかりと心に刻むように見つめ返した。


「あぁ……。やめておけ」


ロ―は薄く笑うと、レインを抱き起こした。


「また死にそうな時は診てくれ」

「……嫌なこった」

「ふふっ……そう言うと思った」


レインはにっこりと笑い、呆然と立ち尽くすクル―達の間を抜けて、部屋を出た。



窓からは美しい島が近づいてくるのが見えた。

レインは両手を上げて伸びをすると、大きく息を吐き出した。

まるで憑き物が落ちたような爽快な気分だ。

いや、実際落ちたのだろう。

もう自分を縛るものはなくなった。


「レイン……。行くのか?」

「ベポ!」


レインは反射的に抱きついたが、ベポには最初の時のような抵抗はみられない。


「これ、やるよ」

「?」


ベポが差し出したそれは、レインの掌に収まるほどの小さな、ベポだった。


「……ペンギンとシャチが面白がって作ったんだ。……俺の毛で勝手に」

「あははっ!」


レインはその可愛らしさに吹き出したが、握り締めたそれは、本体と変わらず温かかった。


「ありがとう……あ、そうそう。お前んとこのキャプテンに言っといてくれ。『外科以外も才能あるんじゃないか』って!」

「はぁ?」


ベポは不思議そうな顔をしたが、レインは構わず笑顔を見せ、上に向かった。

レインの憑き物は落ちた。

一人の、医者の手によって。

その医者の思惑は、別として。


ばらばらとデッキに出てきたクル―達の一番後ろにロ―の姿を確認すると、レインは手を上げ、島へと飛び出していった。

心には新たな決意と、手の中には、小さなベポを握り締めて。







After-2
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