Butterfly
□7.終わりの終わり
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ばらばらと引いていく兵士を遠巻きに見つめながら、レインは自由にならない右手を恨んだ。
この剣は、ゾロの血も欲しがっているようだ。
レインの意思とは裏腹に、剣には嫌というほど力が迸っている。
一向に弱まる気配の無い力に、交えた剣の方が悲鳴を上げる。
「くッ……ゾロ……」
逃げて、と言いたかったが、真っ直ぐに見つめてくる瞳に言葉が詰まる。
一体、どんな思いでここまで自分を追ってきてくれたのだろうか。
その道は自分が辿って来たものと違わず、決して平坦ではなかったはずだ。
レインの視界が涙でぼやけた。
その時、ほんの少しだが、腕の力が緩んだ気がした。
やっとの思いで剣を離すと、レインは一歩踏み出した。
お互いから目を離せぬまま、引き寄せられるように近づく。
しかし、二人とも鞘に刃を納めないままだった。
その切っ先を正面に向けたまま、お互いの脇横に、抱き合うように突き立てる。
「うっ……!」
二人の背後から呻き声が上がった。
レインはゾロの背後の敵に、ゾロはレインの背後の敵に、刃を深く差し込んだのだ。
同時にどさり、と敵の兵士が倒れた。
「……」
レインは口を開き、どうにか言葉を紡ごうとするが、それは叶わなかった。
ゾロに引き寄せられ、強引にその口は塞がれていた。
そのまま民家の壁に押し付けられ、喰らいつくように貪ってくる唇からゾロの想いが後から後からなだれ込んできて、息をする事も簡単ではない。
「う……ッン……ッ」
その時、しばし沈黙していたレインの右手がぴくりと反応した。
「!」
またざわざわとした気味の悪い感覚に、レインはゾロの体を咄嗟に離そうとした。
しかし、ゾロは離れない。
もう二度とこの腕から逃がすまいというように、力強くレインを抱き締める。
「ゾ……ッだ……め……ッ!」
なんとか逃れようともがくレインの体は少しずつずれていき、そのままドアの壊れている民家の中に、ゾロと共に滑り込んだ。
焼け焦げたような臭いが充満する家の中は、主人を失ったおかげで閑散としていた。
慌てて逃げたのか、そこら辺に物が散乱し、大きなテ―ブルだけはそのままに、他の家具は倒れている。
「うぅ……ッ!」
レインの腕は既に歯止めが利かなくなってきていた。
なんとか動かぬように命令するが、この腕は相変わらずいう事を聞きそうにはない。
しかし、押し倒されたレインの腕は、ゾロによってしっかりと床に縫い付けられていた。
「……」
ゾロはそっと唇を離すと、レインをじっと見つめた。
その瞳には、これ以上ないほどの想いが詰まっているように見える。
レインの心は熱くなり、胸はぎゅっと締め付けられた。
しかし、ゾロの力が緩んだのをいい事に、その悪魔は突如襲い掛かった。
「う……ッ!」
「……ゾロ!!」
ゾロの左肩に、その刃は牙を剥いた。
そのまま深く刺し貫こうとする剣の動きを、ゾロは右手で、レインは左手で止める。
「くッ……!」
「うぅ……ッ!」
二人から力任せに引き抜かれたその剣は宙を舞い、民家の床に刺さった。
ゾロの傷は幸い深くはないようだったが、そこからは赤い血が滲んでいる。
「ゾロ……」
「聞いてるぜ。これか……」
握ったままのレインの右手から手袋を取り上げると、その赤々とした痣に目を釘付けにする。
未だゾロの手の中でじたばたと暴れているその赤い手は、今度は首を絞めようと躍起になっているようだ。
ゾロは肩から血を流したまま、にやりと笑うと、レインの腰に下がっている物を取り上げた。
「あ……!」
「こうすりゃいいんだろ?」
暴れる右手に手錠をかけると、ゾロはもう片方を素早くテ―ブルの脚へと繋いだ。
「ゾロ……!」
「……もう逃がさねぇ。お前は俺のもんだって言っただろうが……!」
ゾロはそう言うと、繋がれた右手を再度床に押し付け、横を向く形になったレインの服を脱がしにかかる。
「あ……!」
レインの長い髪をそっと掻き分け、その肩口にキスをした。
今までとは打って変わった優しい仕草に、レインの心は一気に掻き乱された。
ゾロの唇にはまるでレインに対する揺るぎない想いが込められているようだ。
背中に熱い舌先を這わせながら、ゾロの両手がレインの乳房を後ろから包んだ。
「はっ……! ……あぁ……ッ」
レインはこんな状況下でも、狂おしいほどに感じていた。
辺りは死体が散乱し、むせ返るような血と、何かが焦げる臭いで充満している。
こんな自分は、ジュ―ドと同じく狂っているのだろうか。
しかし、やはりこんな風にゾロに支配されるのは心地よかった。
その間はジュ―ドの事も、痣の事も、剣の事も考えなくてもいい。
ただこの快感に身を委ねていれば、自分が幸せだと、錯覚できるような気がした。
ゾロは、包帯が巻いてある所を触れないように注意しながら、熱い塊をレインの中に沈めた。
「あぁ……ッ!!」
後方から深く突き立てられ、レインの体は途端に反り返る。
それは、まるで会えなかった時間を一気に取り戻そうとするような激しい動きだった。
頑丈そうなテ―ブルが、ゾロの律動に合わせてぎしぎしと揺れる。
「レイン……」
熱い吐息がレインの背に触れる。
その僅かな感触にさえもレインは敏感に反応した。
全身が熱くなる。
普段は絶対に出ないような甘い声が何度も漏れる。
ゾロの想いにがんじがらめにされ、息をするのも苦しい自分を、レインは愛しいと感じていた。
自分はまだ、人間なのだ、と。