Butterfly
□6.死の外科医
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レインはベッドの上で目を覚ました。
部屋の窓はいつもの暗い海中ではなく、月光に薄っすらと照らされているようだ。
どうやら、海上に浮上しているらしい。
今が夜だとすると、半日以上も自分は眠っていた事になる。
レインは自分の醜態を思い出し、頭を抱えた。
しかし、思い出した事はそれだけではなかった。
それを確かめる為、部屋を出た。
気分は思ったより悪くないようだった。
薄明かりに照らされる廊下を抜け、静かな船室へと向かう。
その時、腹に響くような轟音と共に船体が大きく揺れ、レインはその身を壁に打ち付けた。
「なんだ!? 今のは……!」
まだ半分夢の中、という顔つきの男達が驚いて廊下に飛び出してきた。
レインは痛む体を起こすと、窓の外に目を向けた。
「!」
「なんだありゃ……軍艦があんなに……!?」
レインと同じように窓に張り付いた男が驚いて声を上げた。
目視できる範囲にびっしりと軍艦が並んでいる。
しかしそれは、全てが海軍のものではない。
その中の半分程は、覚えのある旗がひらめいていた。
「あれは……!?」
また船が揺れ、レインは窓を掴む手に力を込めたが、それはどうやら攻撃を受けたせいではなく、船が急速に潜水した為であった。
「ラボルディ―の領域に入ったようだな……」
「ロ―……」
いつの間にかロ―が傍に立っていた。
「しかし、どうやら海賊お断りのようだ」
レインは、ビリアが言っていた事を思い出していた。
「……もしかしたら、他国と臨戦中なのかもしれない。しかし、なぜ海軍まで……?」
「……」
ロ―は、船体が落ち着いた事を確認すると、レインを部屋の中へと促した。
レインはまだ船内を把握してはいなかったが、どうやら昨日話をした部屋と一緒のようだ。
二人とも、昨日と同じようにソファ―に腰かける。
レインはロ―の顔をまじまじと見た。
昨日の言葉は一体どういう意味なのだろう。
しかし、ロ―は突如切り出した。
「俺等は海軍と戦う気もラボルディ―と戦う気もない……」
「!」
それはまぁ、そうだろうとは思ったが、ここまで来て引き返すというのだろうか。
レインは、自分の表情が少し曇るのを感じた。
「わかっている……。恐らく、国の周りには隙間無く軍艦が配置されているだろう……」
「あぁ。しかし、通れないのは、敵国と海賊のみ」
「え……?」
「……上陸するまでは手を貸してやる」
思いがけない言葉に、レインはロ―を驚いて見返した。
「だから、あの男はお前が殺せ」
「ロ―……」
レインはロ―に謝意を表したが、しかし、それで本当にいいのだろうか。
「……一度しか会っていないとはいえ、あの男は、兄だろう」
「……」
ほんの一瞬だったが、ロ―の瞳がわずかに揺れた気がした。
「……あの男は、破壊する事にしか興味がない。海軍や国の軍事力を駆使し、世界を……破滅に導こうとしている」
「何の為に……」
「理由などない。奴は、切り落とされた母親の首を見て、心から『美しい』と感じたそうだ……」
「!」
レインは、ジュ―ドが自分に傷をつけた時の事を思い出し、背筋に冷たいものが走った。
あの時ジュードは言っていた。お前はこれで完璧だ、と。
破壊する事がすべて。
破壊する事によってより美しくなるとでもいうのだろうか。
「……狂っている」
「あぁ。だが、それが奴の美学だ。今も尚、壊滅する国は増え続けている」
「海軍までも手中に……?」
「表向きはな。だが奴らは本気で戦争に加担している訳ではないだろう」
ラボルディ―は元々強大な国家ではあったが、それに加え海軍までも敵に回すことになるのだろうか。
アンガス王は頭の切れる王だった。
ジュ―ドに、ただいいように操られているだけとは考えにくい。
もし、ジュ―ドの考えに共鳴しているのならば、もう奴一人を止めればいいという事ではないのかもしれない。
レインはしばし押し黙ったが、心を決したように顔を上げた。
「……頼みがある」