Butterfly

□6.死の外科医
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クル―が集まっている所に出ると、それまでどこか虚ろだったレインの表情がぱっと明るくなった。


「ベポ!」

「!」


そのふわふわな毛並みにレインは思わず飛び込んだ。


「お、おいやめろ! ちょっと……」

「気持ちいい……」

「いいな〜……ベポ」


ベポは焦って抵抗するが、そのうち観念したようにぐったりとなった。


「……って、お前が死んだ振りすんな!」

「スミマセン……」


レインはベポから体を離した後も、時折手で撫ぜたり頬を寄せたりした。


(そういえば、チョッパ―の毛並みもふわふわだったな……)


急に、麦わらの一味との笑いが絶えなかった日々を思い出し、レインはまた虚ろな目を彷徨わし出した。


「……」

「ほら、飲めよ」


向かいの男から渡された飲み物をぼんやりとしたまま受け取り、一気に飲み干す。


「ん……? これは……」

「お! いける口だな! もっと飲め!」

(しまった! 不用意にこんなものを口に……!)


突如下を向いて黙り込んだレインを見て、周りの男達は怪訝な視線を向け出した。


「おい……どうした?」

「……」

「気分でも悪いのか……?」


隣の男が気遣うように肩を軽く揺すると、レインはその手にゆっくりと自分の手を絡め、握り締めた。

不意に顔を上げたレインは、実に楽しげな笑みを広げている。


「!」


無愛想なまましばらくぼうっとしていたレインから、一転して美しい笑顔が零れたので、周りの男達は虚を衝かれた。


「か、可愛い……」

「ふふ……」


自分の肩の上で男の手を握ったまま、その微笑みを惜しみなく注ぐ。


「い、いや……あの……」


隣の男は明らかにドギマギしており、周りの男達はその行く末を、固唾を呑んで見守った。

レインは握っていた手を離したかと思うと、そのまま滑るように男の首に腕を回し抱きついた。


「おぉ〜っ!」

「あぁ……ッ! いや、ちょっと、その……」

「ふぅ……」


レインは安堵の表情を浮かべ、そのまま体重を乗せると、固まっていた男の体ごと床に倒れこんだ。


「うわわわ……!」


二人は椅子ごと倒れ、その衝撃は抱きつかれていた男に全て注がれた。


「おい! 大丈夫か!?」


しかし、重なったまま二人はぴくりとも動かない。


「おい……?」


レインの火照った柔らかな体に密着し、男は幸せそうな顔のまま鼻血を垂らして昇天していた。

覆い被さったレインはというと、顔を赤くしたまますやすやと眠っている。


「えぇ〜!?」

「酒、弱ッ!!」


レインは、酒がめっぽう弱かった。

いつも飲むものには気をつけているが、怪我と考え事でぼうっとしていたのがまずかった。

以前、父に面白がって飲まされた次の日、真面目な顔の母から、一生酒は飲むな、と何度も念を押された事があった。

勿論、父は母にこっ酷く怒られたようだった。


「……」


その時、しばらく黙って見ていたロ―が重なったままのレインと男をゆっくり引き剥がした。

意識不明のレインを抱きかかえると、まだ騒いでいる皆に背を向け、その場を静かに後にした。


「……キャプテン、珍しいな」

「ん? 何が」

「いや……女に優しいのが、だよ」

「……」


皆はロ―が出て行ったドアの方をしばらく眺めていた。




ロ―は右側を下にしないよう、注意しながらベッドにレインを降ろした。


「ん……」


まだ眠っているようだが、呼吸は荒い。

自分の手で髪や額を忙しなく触っている。


「暑……い……」


寝苦しそうに何度も服のボタンに手を掛けるが、うまくいかないようだ。


「……」


ロ―はレインの服に手を掛け、ボタンを外してやった。

薄く赤みが差した肌の中央に、一際赤みを帯びている傷がちらりと覗く。

ロ―はその傷に顔を近づけると、まじまじと見つめ、それに舌を這わした。


「ふっ……!」


途端にレインは体を強張らせ、目を閉じたまま顎を仰け反った。

未だ夢と現実の間を彷徨い、目も開けられないレインの耳元でロ―はそっと囁く。


「いいか……、あの男を殺したら、俺に必ず会いに来い。……必ずだ」


傍から見れば独り言のようなそれは、意外にもレインの心の奥深くに刺さった。

目を閉じ、呼吸を荒くしたまま一瞬眉を寄せるのを確認するとローは立ち上がり、静かにその部屋を後にした。
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