Butterfly

□6.死の外科医
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「痣、……だと?」


レインはつい自分の右手を見た。


「お前には、兄がいた」

「え……?」

「知らなくても無理はない……。お前の生まれる前の話だ」


レインの兄であるというその男は、物心ついた時から剣術に長けていた。

やんちゃで悪戯好きだった兄は、日頃から城の中を徘徊して遊んでいたという。

その時、見つけてしまったのだ。

長く封印されていたその剣を。

兄は一瞬でその美しさに心を奪われてしまった。

しかし、そのうち例の痣に支配されるようになると、兄は異常なまでに血を求めるようになっていった。

困り果てた父は、その剣への欲望が止むまで兄を地下牢へと繋いでおくしかなかった。


「その兄を解放したのがジュ―ドの母……と言うわけか?」

「そうだ」


レインには、にわかに信じがたい話ではあった。

そんな兄の話など誰からも聞いた事がない。

しかし、その痣は現実にレインの右手を今も血に染めている。


「……」


右手に視線を移したレインを見て、ロ―は静かに続けた。


「その惨劇を聞いて、当時のクライズメインの王妃は自殺した」

「自殺!? ……当時……ッ!?」


レインは突然訳がわからなくなった。

一つ答えを聞けば、新しい謎が幾つも生まれてくる。

だが、混乱する頭を必死に整理してみようと思った。

当時、ということは、自分の母は後妻だということか。

そんな惨劇が本当にあったのならば、国には緘口令が敷かれたに違いない。

しかし、ここで考えてもわからない事にぶつかった。


「その時、お前はどこに……?」


予想していた質問だったのか、ロ―は表情も変えずに、母の腹の中にいた事を告げた。

唯一、養生する為に親元に戻っていた母と自分は助かったと。


「……」


初めて聞いた話ばかりで、レインの頭は熱くなった。

この呪いの結末は、あの老婆が最初言っていた事と同じだ。

この痣が出てきてから何度も異様な体験をしているレインは、老婆の言葉を特に疑っていた訳ではない。

しかし、改めて現実を目の前に突きつけられ、地面に引きずり込まれるような重力を体に感じずにはいられなかった。


「……大丈夫か」


ロ―の表情は冷たいままだったが、その声音は、少々レインに対する気遣いを含んでいるような気がする。

レインは小さく息をついた。

しかし、なぜジュ―ドが剣や、ベアトリー家についても知っていたのかもわかった。

この男についても。


「しかし、ジュ―ドとはどこで……?」


その質問に、今度はロ―が息をついた。


「約八年前に、一度だけ俺に会いに来た」


八年前、といえば、レインが初めてジュ―ドに出会った頃だ。

クライズメインに来る前に、ロ―に一緒に来ないかと誘ったのだろうか。


「なぜ……」


来なかったのか、と聞きたかったが、ロ―は鬱陶しそうに顔を背けた。


「俺には興味のない話だ……」

「……」


興味がない、というのは嘘だろうと思った。

ロ―は恐らく、その後もジュ―ドの動向を探っていたはずだ。

クライズメインの事も、ノウマの事も知っているに違いない。


「……ジュ―ドは、一体何をしようとしている?」

「……」


ロ―は横を向いたまま、目だけちらと動かした。


「……ドクタ―ストップだ。お前は半分以上の血を失っていた。また傷が開いて出血するような事があっても、もうここに血液のストックはない」

「……」


さっきの部屋で寝てろ、と言ってロ―は立ち上がり、出ていった。


「……」


レインは、ジュ―ドの瞳を思い出していた。

その深い暗闇のような黒は、時折人を人としてではなく、物体として捉えている、と感じる事があった。

しかし、ロ―の瞳は、例え同じ色を持っていたとしても全く違う。

恐らく、これが二人の決定的な違いなのだろう。

人間か、そうでないかを分けるようなものだ。



レインは、その部屋を後にした。
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