Butterfly

□5.火拳
6ページ/18ページ



「な……!?」

「およそ400年程前まで、お前達一族は王族お抱えの暗殺集団だった……」


ジュ―ドはまだ剣を打ちつけリズムを取っている。


「ある時、強欲な王がお前達を使い、他の国々を壊滅寸前にまで追いやったのだ! 名誉や財宝を一気にその手にし、気を良くした王がお前達に地位を与えた。……それが『ベアトリー家』だ!」

「!!」

(この男は……一体何を……!?)


レインは今にも暴れだしそうな右手を必死に掴んだ。

ジュ―ドは剣を打ち付けるのをやめ、レインの剣にその刃を向けた。


「しかし……問題はその剣であった。代々伝わるその剣は、世が平和になると使われる事もなくなり、次第に血を欲するようになった」

「……」


レインは床に落ちたままの剣を見た。

そのぎらりとした刃は、困惑するレインの顔を白く映し出している。


「ある時、その剣の美しさに魅入られたベアトリー家の王は、ついその剣を自らの手に取った。それから毎日眠る時でさえ肌身離さず剣をその身に携えていた」


ジュ―ドは剣をレインに向けたままゆっくりと近づいてきた。


「しかし、ある日その王は……気付くと自分の妻をその手にかけていたのだ」

「!」

「妻だけではない……家臣も、民も……。唯一使いに出していた子供達だけは無事であったが。……しかし、自らの狂気に恐れをなした王は、最後にその剣で喉を掻っ切り、自分の血を吸わせ絶命した。そしてその剣は知らせを受けた子供達の手によって固く封印された」


そこまで言うと、ジュ―ドは溜め息をついて、わざとらしくがっかりしたような顔を作った。


「しかしダメだ……。必ずその一族の誰かがその剣に魅入られ、自らの命を絶ってしまう事が続いた。そんな悲劇を嘆いたある王は、心を強く持ち、正しい事でしかその剣を使う事はなかったという。そう、それはお前の父も然りだ……。そしてしばらく後は剣が血を欲する事もなくなり、呪いは消え失せたかと思われた。だが……!」

「!」


ジュ―ドはレインの右手にその切っ先を突きつけた。


「お前はどうだ……レイン? その右手にある痣は『人殺しの証』……!!」

「!!」

「お前は見事に継いでいるのだ……その血にまみれた一族の呪いをな……ふふ」

(私は……王族ではなく……人殺しの……?)


レインは押さえつけていた右手をそっと解放し、手袋を外した。

その血にまみれた呪いは、既にレインの手首の下ほどまでを真っ赤に染めている。

まるでレインの正しい心を旨そうに喰らい尽くすが如く、それは目に見えて広がっていった。

ジュ―ドはその痣をちらと見ると、少し神妙な顔つきになった。


「私と共に来い……その剣が満足する程、人を斬らせてやる……。さすればお前の命は助かるだろう」


ジュ―ドはそう言ってレインに手を差し伸べた。


「……」


レインのぼんやりとした視界には、その差し伸べられた手しか映ってはいなかった。

それは、レインにとっては唯一の救いの手に見える。

血の色に染まったその震える右手で、ジュ―ドの手を掴もうとした瞬間、


「レイン様!!」


スタンレ―の叫び声と共に、炎の渦に二人の手は遮られた。


「!」

「ち……!」


ジュ―ドは襲い掛かる炎から身を翻して逃れた。


「レイン! 大丈夫か!?」


すぐにエ―スが駆け寄ってきたが、レインは目を合わせられなかった。

未だ呆然と自分の右手だけを見ている。


「まったくお前は海賊に縁があるな……。しかし……私はお前を待っている。レイン! お前にはもう時間がないのだ……!」

「!」


ジュ―ドはそう言うとひらりと窓に飛び移った。

その時、うつ伏せたまま顔を上げるディアナと目が合う。


(ふん……魔女め! ここまでお見通しだったという訳か……! 喰えん女だ……)



「おい! 待て!!」



エ―スが炎を繰り出すより先に、ジュ―ドは窓をぶち割り飛び降りた。

ばらばらとガラスの破片が落ちる音が止むと、そこにはまた恐ろしいまでの静寂が広がっていった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ