Butterfly

□5.火拳
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「なんだ? おい、ねえちゃん! 傷が痛ぇだろ? 寝てな……」


前方で背を向けるレインが振り返った瞬間、一人の男の首が転がった。


「!」

「なに!?」


男達が首に気を取られている間にレインの姿はたちまち消え、銃を構えていた男の腕が、ごとっ、と落ちた。


「!!」

「ぎゃぁぁぁっ!!」


いや、隣の男の足も。

耳も。

指も。

髪の毛でさえも。

みるみるうちに四人もいた男達は、ただの肉片と化していった。

しかしレインは、誰かが絶命してもなお斬りつけた。

混濁した意識の中で、自分と違う太刀筋で勝手に剣を振るう右手は、それが人の形をなくすまで止められない。


(誰……? いや、これは一人じゃない……)


自分の力とは思えない。

自分の動きが目で追いつかない。


レインはただただ、自分の心臓の音が大きく聞こえるばかりだった。


「お、おい!! やめろ―っ!! せっかく集めた俺の仲間を……!!」

「レイン……!」


エ―スはその姿に絶句した。

レインは大量の返り血を気にも留めず、憑かれたように剣を振るい続けている。

いや、文字通り憑かれているのかもしれない。


その時、黒ひげはまたしてもレインを引き寄せ、拳を振りかぶった。


「!」

「くらえ!!」


しかし、レインを完全に捕らえたと思った拳は虚しく宙を舞い、かわりに背後から凄まじいまでの圧迫感に襲われた。


「ひいぃっ……!!」


レインは黒ひげの首元にぴったりと冷たい刃をあてた。


(な、なんだこの嫌な圧迫感は!? 最初の覇気とは……まるで違う!)

「お、おい! ねえちゃん強ぇな! 俺の仲間にならねぇか!? は……はは……」

「……」


表情は見えなかったが、背後で笑う気配がした。


「な、……な? 一緒に行こうぜ! あんた見ない顔だが、海賊か? そ、それとも賞金稼ぎか!?」


その質問に、レインは口元の血をぺろりと舐めると、低く冷たい声で言った。


「いいや、……殺し屋だ」

「!!」


振り返った黒ひげの目には冷たく笑う女が最後に映り、その首は勢いよく飛んで行った。

血を撒き散らしながら回転し、その勢いを失うと今度は大地を転がった。

それは倒れたままのエ―スの眼前で止まった。


「!」


目は見開かれ、口は半開きで、まるで何かを語ろうとでもするようだ。

エ―スがその首に気を取られている間にレインがばたりと倒れこんだ。

どっぷりとまみれた血は誰のものだかもうわからないが、レインも間違いなく致命傷を負っているのだ。


「く……レイン……ッ」


エ―スの体はやはり動かなかった。

少しでも動けば、体がばらばらになりそうな痛みが襲う。

しかし、うつ伏せていたレインはまるで寝返りを打つように、ごろんと天を仰いだ。

さぞ辛そうな表情をしているのではないかと、その顔を見つめる。


「!」


しかし、エ―スが見たレインは、まるで長い事蓋をしていた欲望が一気に解放されたかのように、満足気に笑っていたのだった。
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