Butterfly

□5.火拳
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「レイン! 無事であったか! お前が海に落ちたと聞いた時にはもう二度と会えぬかと……!! いやぁ、よくぞ来た!!」


久しぶりに見る叔父の顔は、幼い頃に見た時にも増してだらしなくなっていた。

その姿に長年の怠惰な生活ぶりが窺える。

この男にも暗殺者の血が通っているのだろうか。

恐らくまともに剣など握った事はないだろう。

そう思うとますますその姿が滑稽に映った。


「して……レイン。以前話しておった事だが……」


叔父はレインの持ち物をちらちらと眺めている。

まるで泥棒が金目の物を探す時のような目つきだ。


「叔父様……遺品ならここに」


レインはそう言うと剣を抜いて見せた。


「おぉ! やはり剣であったか!! ちょっと見せてくれ……!」

「……」


レインは剣に伸びた叔父の手をひらりとかわすと、自分の袖を捲り上げた。


「そして、これがこの剣に受けた呪い……!」

「!?」


レインが血に染まった痣を見せつけると、叔父は伸ばした手を素早く引っ込めた。


「な、なんだ!? その痣は……呪いとは一体……!?」


呪い、というのは思いがけない言葉だったはずだ。

きらきらとしていた目は瞬時に輝きを失った。

レインは肩の辺りに手を滑らすと、


「この痣がここまで来ると、自分の喉を掻っ切って死ぬそうです」


と、剣で喉を切る真似をして見せた。

そのただの真似事の動作にすら腰が抜けそうになりながらも、宝が手に入ると思っていた叔父は姪の命の事などそっちのけで、身勝手な怒りを露わにした。


「な、なんだと……!? おのれ、ジュ―ドめ!! 私を騙したな!」

「……ジュ―ド!?」

(やはり、ここも繋がっていたか!)

「……叔父様。私もジュ―ドに騙され、この呪いを受けたのです。もしや叔父様も同じ目に遭わそうとしたのかもしれません」

「なぁにぃ〜!!!」


叔父は子供のように地団太を踏み出した。


「あいつめ! せっかく目をかけてやったというのに! アンガス王にお目通り叶ったのも私のお陰だというのに!!」


レインは、顔を真っ赤にしている叔父に剣を納めぬまま近づいた。


「叔父様……ジュ―ドは、今どこに……?」

「こ、これ! レイン!! その危険な剣を近づけるな!! 早く納めぬか!!」


その言葉が聞こえないように一層近づくレインに、叔父は慌ててあっちに行けとばかりに手を振った。


「お教えください!!」

「ひ……!」


剣を抜いたまま詰め寄るレインに、昔の面影はなかった。

幼い頃は生意気でも可愛げがあり、愛せないまでも憎めなかった。

しかし、この漂う殺気と嫌な重圧感はなんだ。

この三年の間にレインの身の上に起きた事は想像だにできないが、今確かな事は、目の前にいるのは可愛い姪ではなく、この冷酷な瞳を持った女に自分は殺されるかもしれない、という事だけだった。
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