Butterfly

□5.火拳
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二人は、マスタ国との国境にある小さな村で宿をとることにした。

しかし、レインは相変わらずほとんど喋らないままだった。


「じゃあな、レイン……」


いい夢を、とはやはり言えなかった。

エ―スが自分の部屋に戻ろうと背を向けた時、レインが久し振りに口を開く。


「エ―ス、……頼む」


レインは先程の手錠を差し出した。


「それ……しないとだめなのか?」

「あぁ」


レインは事も無げにそう言うとベッドに横になり、両腕を上げた。

どうやらベッドの柵に手錠を通せということのようだ。

エ―スはおずおずとレインの片手に手錠をはめると、ベッドの柵に通してからもう一つの手首にはめた。

レインはずっと目を閉じている。

もう眠ったのだろうか。

その顔には大人びたいつもの雰囲気はない。

今だけ色んなものから解放されて、年相応の少女に戻ったみたいだった。


「……」


あの時人魚姫みたいな話だと思ったが、レインはまさにおとぎ話に出てくるお姫様のようだ。

なのに、不釣り合いな手錠が妙に淫靡な雰囲気を醸し出している。

エ―スはその寝顔に思わずそっと口づけた。

しかし、突如レインの口元が動いた。


「……抱きたければ、抱け……」


レインは目を閉じたままだったが、エ―スは驚き飛び退いた。


「うお! 起きてたか! いや、別に俺はその……」


慌ててしどろもどろになるエ―スに構わず、レインは目を薄く開けると静かに言葉を紡いだ。


「昔……敵国の王に凌辱される度、その男は囁いた。『お前はいやらしい女だ』と……」

「!」


レインは相変わらず薄く開けた目を、ぼんやりと天井に向けたまま続けた。


「そして、『お前は男を狂気に走らせる』、『お前のせいで父と母は死んだのだ』、と……」

「な……ッ!」


レインは連日繰り返されるバルカンの言葉に、本当にそんな気がするようになっていた。

それから三年経ち、レインは本来の美しさに加え妖艶な色を放つようになるが、まるで花の香りに誘われるように群がる男達を軽蔑しながらも、体を開いた。

自分で誘いながらも、のってくる男に幻滅していたのだ。

しかし、快楽に身を任せれば、その時だけは何も考えずに済んだ。


「……」


だから好きにして構わない、と言うように、レインはまた目を閉じた。

しかし、エ―スは全く違う事を考えていた。

レインは、その男に言われた事を肯定しているのではなく、否定したいが為に男と寝るのだ、と。


「……レイン。人に忌み嫌われているのは……鬼の血を継ぐのは、お前だけじゃない」

「え……?」


再び目を開けたレインの眼前に、エ―スの優しい瞳が映る。


「俺は……ゴ―ル・D・ロジャ―の血を引いている。鬼の……血をな」


エ―スはどこか哀しげにそう呟くと、レインにもう一度口づけた。
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