Butterfly

□4.赤髪の
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しばらく森の中を歩き、あと半分程で町に着く予定ではあったが、二人は野宿する事にした。

スタンレ―の目にはレインがひどく疲れているように映ったのだ。

しばらく、いや、もしかしたらあれ以来まとも眠れていないのかもしれない。

レインを襲う数々の出来事にはどれも必ずジュ―ドが関与している。

スタンレ―は奥歯をぎりっと噛み締めながらも、ふとレインの手を見た。


(もしや、この痣も何か……?)


ジュ―ドの呪いか何かなのではと思いかけて、打ち消した。

いや、違う。

この病については、ジュ―ドが城に来るずっと以前に国王より聞かされたのだった。

レインも自分の手を見ていた。

しかし、手袋は外さずにスタンレ―の方を向いた。


「スタンレ―……頼みがある」

「はい、何でしょうか」


レインは用意していたようにすっとロ―プを差し出した。


「……眠っている間、私を木に縛り付けてくれ」

「なっ!? ……レイン様! それは私にはとても……!」


思いがけないレインの言葉に、スタンレ―は血相を変えて首をぶんぶんと横に振ってみせる。


「私は……何をするかわからない」

「しかし……!」


まだ難色を示すスタンレ―を見て、レインはぎゅっと目を閉じた。


「頼む! 私は……シャンクスを……!」

「え……?」










突然船を降りるというレインを、もちろんシャンクスは引き止めた。


「レイン……! だめだ! そんな状態で!」

「でも、私には時間がない……!」

「俺が医者を探してやる! だから……!」


シャンクスは頑として首を振るレインを無理矢理抱き寄せた。


「行くな……!」


抱き締めるというよりは、泣いた子供が母親にしがみついているみたいだ。

シャンクスは自分でも滑稽だったが、そんな事より今はレインを失う事のが辛かった。

今船から降ろすという事はみすみす死にに行かせるようなもんだ。


「……シャンクス……」


レインは珍しく強引なシャンクスにそっと手を回し、宥めるように抱き締めた。


「レイン……」


これじゃ、どっちがわがままを言ってるのかわからない。

しかし、触れ合った所は温かく、お互いの心を少し落ち着かせた。


「……」


その時、レインがふと目を開けると、シャンクスの肩越しに部屋の鏡が見えた。

そこには、月の光に反射された自分の顔を映し出している。


「……ッ!」


レインは咄嗟にシャンクスから体を離した。

その顔は夢で見た自分と同じ、まるで血に染まったかのように真っ赤に見えたのだ。


「レイン?」


突如体を離したレインをシャンクスが驚いたように見つめる。

そんなシャンクスと目が合った瞬間、レインの右手に痛みが走った。


「……!」


その右手は滑るようにシャンクスの首を捕らえ、もの凄い力で一気に絞め上げる。


「……レイン……ッ!」


何が起こったのかわからなかった。

その右手は自らの意思を持っているかのように、まったく言うことを聞いてくれない。

レインは慌ててもう一つの手で引き剥がそうとするが、その指は深く首に食い込むばかりだ。


「シャンクス……! ……イヤッ!」


どうにもならない自分の手と、次第に赤みを帯びてくるシャンクスの顔を交互に見つめながら、レインは涙がぼろぼろと零れた。


「……」


その時、シャンクスは自分の首を絞める手を引き寄せると、泣きじゃくるレインに口づけた。


「!」


思いがけない行動に、レインの体はびくっと跳ねた。

それはいつもの、優しいキスだった。


「……ッ」


苦しそうに時折息が漏れるものの、シャンクスはやめなかった。


「……」


レインは目を閉じ、その唇の感触に身を委ねた。

すると、次第に右手の感覚が戻るのを感じ、シャンクスの手の中にそれは力なく滑り落ちた。

二人はそのままベッドに倒れこみ、唇を離した。


「はぁ……はぁ……」

「……シャンクス……私……ッ!」


首についた赤い指の跡を見て、レインはまた涙が零れた。

シャンクスは握ったままのレインの手を見つめると、一気に手袋を取り上げた。


「!!」


爪下まで伸びていたそれは、もうすでに手の平の下の方、親指の付け根ほどまでを真っ赤に染めていた。


「どう……して……ッ!?」


自分はどうなってしまうのだろう。

これに体を支配された時、自分は一体何者になるのだろうか。

シャンクスはその手を睨みつけ、


「俺を……殺したいか」


と呟いた。

そんなシャンクスに、レインは泣きながらもう一度懇願した。


「お願い……船から降ろして……! 降ろしてくれないなら私は……海に飛び込む!」

「……!」

「お願い……私は、あなたを殺すかもしれない……!!」

「レイン……」



自分の為にもう誰も死んで欲しくないと願うのに、この手は嘲笑うように簡単にその意志に背いた。

ならばもう、この優しい腕の中には戻らない。

この手の呪いの矛先は、ただ一つ。


レインは、もう一度手袋をはめた。

その時まで、自分の手が血を欲するのを封印するかのように。









5.火拳
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