Butterfly
□2.鷹の目の男
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「体中の骨が折れてるぞ。まったく……どうやったらこんな戦い方が出来るんだ?」
ミホ―クの説教はしばらく続いていた。
(父上にそっくりだ……)
「何か言ったか?」
「いいえ……」
あの時は自分が死んでも敵が倒れればいいと思っていた。
「みんなは……?」
「……反乱軍の男が傷ついた敵の兵士と共に船に乗せたようだが」
(スタンレ―……)
「大体、今のお前でキリム・ダイモンに勝てるはずがないであろう。少しは自分の限界というものをだな……」
「脳をいじったと……」
「なに?」
「ジュ―ドが……化け物の脳を……」
「!?」
(キリム・ダイモンとは本来、あの巨体にして頭が切れるという手が焼ける男だった。手ごたえが無かったのはその為か……。しかし……脳をいじるとは?)
しばらく考え込むミホ―クを見詰め、レインはしばらく頭を支配していた言葉を投げかける。
「……ミホ―ク」
「なんだ?」
まだ不機嫌な様子だ。
「守る者は奪う者に勝てるのか?」
「……」
ミホ―クはレインの真摯な眼差しをかわすかのように背を向けた。
「答えは己の剣に聞け……」
それだけ言って身支度を整えると、ミホークはすぐに部屋を出ていこうとした。
「ミホ―ク!」
「なんだ……?」
今度は、多少面倒臭そうに振り向いた。
「あなたに一太刀でも浴びせることができたら私は……ここを出ていく」
そこには王女の顔に戻ったレインがいた。
「……まずは怪我を治せ」
しばらく斬り合いは続いていた。
あれから三ヶ月の間、毎日のように剣を交えるも、レインは未だにミホ―クに掠る事すらできないでいた。
「くっ……!」
レインはまた弾き飛ばされた。
「はぁ……はぁ……」
「もう終わりか?」
まるで大人と子供だ。
幾十、幾百の雑魚相手に勝利を収めてきた事など全く持って無意味。
この、レベル違いの相手と対峙するだけで体は酷く疲労し、足を悪戯にふらつかせる。
通常ならば、剣で交わした会話によって相手の呼吸を掴む。
だが、これは滑稽なまでの独り言に過ぎないと、レインは思っていた。
自分のもどかしい想いを大声でぶつけてはみるものの、そんなものは聞こえないとばかりに、見事にすかされっ放しだ。
「出す手が尽きたなら、今日も諦めるんだな」
ミホークは息を微塵も乱す事無く、その場を後にしようとした。
しかし、レインの成長ぶりにミホ―クは正直驚いていた。
この短期間で正直ここまで覇気があがるとは思っていなかった。
感情によって時折不安定になっていた力が安定してきている。
レインは身体能力だけではなく、どうやら心も強くなったようだ。
(王女として背負うものがそうさせるのか……)
もう国はない。
民もいない。
自分には何もないから王女ではないとレインは常に言っていた。
(だが……)
その時、レインがゆっくりと立ち上がる気配がし、ミホークは足を止めた。
立ち昇るような覇気を携えた手負いの獣のようなその女の目は、未だ死んではいない。
「……」
ミホ―クは無言で剣を構え直した。
その時、立ち上がったレインが体勢をにわかに崩す。
だいぶ足に来ているようだ。
しかし、ミホ―クが一瞬目をとられた隙にレインは素早く動いた。
「!」
大地を揺らすような轟音と共に二人の剣が交わると、レインの手に握られた剣の刃がぴきぴきと音を立て、脆くも崩れ去った。
残された柄を見て、レインはがっくりとその場に膝をついた。
「はぁ……だめか……はぁ……」
「……」
ミホ―クはレインに近づき、その手を取ると引き上げた。
「……見事だ」
「!?」
レインが驚いて顔を上げると、ミホ―クの頬に薄く血が滲んでいるのが見えた。
「ミホ―ク……!!」
だが、喜びを言葉に表そうとした瞬間、それは遮られた。
「!」
ミホークが、レインに口付けていたのだ。
そっと唇を離したミホ―クを驚いた表情のまま見詰めながら、つい、嫌味のような言葉がレインの口から飛び出た。
「……ガキには興味ないんじゃなかったのか?」
「――ガキならな」
ミホ―クはそう言ってもう一度口づけた。
それは、厳しい勝負に結果を出したレインを称えるような、過酷な状況でも折れなかった心を労わるような、優しい口づけだった。
それを受けながら、レインの口から何度も言おうとして言えなかった言葉が零れた。
「ミホ―ク……抱いて……」