Butterfly

□2.鷹の目の男
6ページ/10ページ


レインは激しい憎悪と逸る気持ちを抑え、懐かしい海を突き進んでいた。

途中のオキノリア島でスタンレ―率いる反乱軍と落ち合う予定だ。

すでに島には船が何隻も見える。


「……?」


しかしレインは目を凝らし、眉をひそめた。

その船の中に、ノウマの旗を掲げているものがあるのだ。

その時、レインの目の前で船が爆発した。

次々と爆破される船は、ノウマ軍の巨大な砲弾を受けていた。


「……!」


レインは船を飛び出すと、ノウマの船めがけて力任せに斬りつけた。


「うわぁ〜っ! なんだ!?」


混乱のうちに沈む船を尻目に、レインはそのまま島に上陸した。

反乱軍はもうすでに半数はやられているようだった。

ひどい惨状にまたしてもレインの心は大きく掻き乱される。


「レイン様……!」

「スタンレ―! どういうことだ!?」

「それが……!!」


その時、背後に近づいてきた男の気配に、レインは肌が粟立つのを感じた。


「久しぶりだな。レイン……」

「ジュ―ド……!!」


ジュ―ドの手にはまだ血が滴っている、反乱軍の男の首が下げられている。


「まったく、容易いな……お前達は」

(くそっ! 罠か……!)

「相変わらず美しい……お前は昔よりも、もっと血が似合う女になった」


そう言うと、ジュードは男の生首をレインに投げて寄越した。


「……ッ」


足元にゆっくりと転がる首。

レインはその首と、あの時転がってきた父と母の首の映像がだぶって見えた。


「ふん……甘い!」

「!!」


僅かに気を取られた隙をついて、ジュ―ドが激しく斬りかかってきた。

咄嗟に出した剣で受け止めると、レインの腕をびりびりと痺れが伝った。


「少しは腕を上げたか? ……だが!」


ジュ―ドはノウマ軍と戦う反乱軍に向けて斬撃を放った。


「はっ……!!」


その巨大な斬撃は、ノウマ軍と反乱軍をまるで無差別になぎ倒していく。


「うわぁぁぁっ!!」

「ぎゃあぁぁぁっ……!!」

(馬鹿な……! なぜ味方にまで!?)


ジュ―ドは薄く笑うと、レインを見下ろした。


「お前と私の剣の決定的な違い。……お前の剣は『守る剣』……」

「!」


ジュ―ドは飛び上がり、混乱まみえる戦場にもう一度斬り放った。


「……私の剣は『奪う剣』!!」


その斬撃は敵味方関係なく、何隻も泊まっている船もろとも全てを斬り裂いた。


「な……!!」

「……人が死ぬ程度で剣が乱れるお前が、私に勝てる見込みなど、ない」


辺りを嫌な沈黙が支配しようとしていた。

レインの心を狂おしいほどの憎悪が包む。


「ジュ―ドォっ!!」


レインは斬りつけたが、ジュ―ドは嘲笑うようにそれをかわした。

受け止める者がいない力は大地に向けられ、地面が抉られるように割れる。


「ははは! 愛するお前にプレゼントだ! 受け取れ!!」


ジュ―ドはその場を飛び離れると、船に駆け出した。


「待て……!?」


その時、異様な気配と、巨大な影がレインを包んだ。


「……な!?」


島の後方から見たことも無いような巨大な男が、唾液にまみれた牙をむき出し、レインを見詰めている。


「!?」

「ふふふ……そいつはキリム・ダイモン。かつて悪事の限りを尽くした海賊だ」

「海賊だと!?」

「あぁ。近頃インペルダウンから出してやったんだが、頭の悪い男でな。言う事を聞かんので、こう……脳をな、ちょこちょこっといじってある」

「なに……!?」

「まぁ、せいぜい遊んでもらえ!!」


ジュ―ドは、慌てて船に乗り込んだノウマ軍の残党と共に海へ出て行った。


「待て! ジュ……!!」


その時、大きな掌がレインを吹き飛ばした。

全身の骨がばらばらになるような痛みが襲う。


「ぐうっ……!!」

「レイン様―っ!!」


スタンレ―率いる反乱軍が化け物の前に集結した。


「レイン様をお守りしろ!!」


同志は一斉に化け物に斬りかかり、化け物の視線はレインからそれらに移った。


「だめだ……!!」


まるで赤子の手を捻るように簡単に蹴散らされる反乱軍だったが、傷ついても尚、立ちむかっていく。

レインの頭に城の中で散乱していた死体の山が過ぎった。

過去の恐怖にレインの心が支配される。


「やめろ……やめろ―っ!!」


その時レインから、周りの景色が揺らぐような凄まじい闘志が漲った。


「もう、誰も死ぬなぁっ!!」

「!!」


巨大な化け物の腕にめりめりと剣が埋まっていく。

普通の人間のそれとは違い、鋼鉄でも斬っているような感触に、レインの手の方が悲鳴をあげた。

しかしレインは離さなかった。

自分の腕がこのままバラバラになろうとも決して離しはしない。

もう誰かが目の前で死ぬのはごめんだった。

夥しい赤黒い液体を撒き散らしながら、痛さに悶える化け物は、苦し紛れにレインの体を掴もうとする。

だが、一瞬先に巨大な腕は体を離れた。

すっぱりと削げ落とされ、重苦しい地響きと共に大地に転がった。

呆気にとられたようにそれを見ていた化け物は、レインをギロリと睨み、獣のように吠えた。

残った方の手でレインを殴り飛ばし、宙に舞ったその身をがっしりと握り締めた。


「……」


みしみしと全身の骨が軋む。

レインの胸に、今まで何度か経験した事のある感覚が降りてきた。



『死』



反乱軍は傷付き倒れている。

先ほどのジュ―ドの言葉がレインの頭の中に繰り返し繰り返し響いていた。



『守る剣』



しかし、自分はまた何も守れない。

ジュ―ドの嘲笑う声が聞こえてくるようだった。

レインの口から血が噴出す。

そして、悔しいとも悲しいともわからない涙が頬を伝う。

遠のく意識の中で、あの時ミホ―クに言おうと思った言葉が浮かんだ。

だがそれを口にする事はもう叶わない。

その時、閉じられようとしている視界に微かな閃光が飛び込んでくる。

魔獣のような断末魔の叫びと共に、化け物の首と胴体が離れていくのがまるでスロ―モ―ションのように映った。

突如解き放たれたレインの体は力が入るはずもなく、下に向かってずるりと落ちた。

しかし、地面に叩きつけられる直前で、優しい何かに包まれる。

巨大な体と首が一つずつ大地に転がり、まるで地震のように島全体を揺さぶった。


「大人しく檻の中にいれば生き永らえたものを……」

「……ミホ……ク……」


レインを抱きかかえたミホ―クは、初めて聞くほど優しい口調で囁いた。


「これ以上……傷は増やすな」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ