Butterfly

□2.鷹の目の男
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レインはもがいていた。

何としてでも子供達を救わねばならない。

その時、びくともしない枷がはまった腕が擦れて血が滲んだ。


「くそ……!」


レインには幼い弟がいた。

レインよりも少し薄い金色の髪と白い肌の愛くるしい弟を何よりも可愛がり、愛していた。

だが、戦争でその幼い命は簡単に奪われた。

レインがどれだけ父に咎められようとも戦争に行くのはその為であった。

弟亡き後、それまで以上に町の子供達を可愛がった。

それなのに、自分から全てを奪った男は、まだ足りないと言うように次から次へと大事なものを奪おうとする。




お前に何が守れる――。 




ジュ―ドの言葉が胸に深々と突き刺さる。


「くっ……!」


レインのもがく腕から、どうしようもなく力が抜けた。

その時、上からの衝撃が体を伝う。


「なんだ!?」


数人の足音が遠くから聞こえたかと思うと、檻の外に見慣れない男達が姿を現した。


「はぁ……はぁ……あん? おい、女が捕まってんぞ?」

「おいっ!! お前!! バルカンはどこだ!?」


どうやらこの男達はバルカンを捜しているようだった。

錠を下ろしてある檻の前からレインに叫んでいる。


「知るか……」


拘束されているレインに居所を聞こうとするとは、よほど切羽詰まっているようだ。

その時、男の中の一人がレインを凝視して言った。


「ん? ……この女確か……あの時のお姫様じゃねぇか!?」

「おぉ! 本当だぜ!」

「……誰だ、お前達?」


レインが怪訝な眼差しを向けると、その男達は少し自慢気な顔をした。


「よく聞け! 三週間前にこの町を襲撃したのは俺達だ!!」

「何……!?」

「ははは! 驚いたか!! そん時の代金をなかなか支払わねぇもんだから今日わざわざ来てやったってのに、あいつらいきなり撃ってきやがった!!」

「だからバルカンを引きずりだして殺そうってのに、どこにもいやしねぇ!! ……付け加えて、何故かここには化けもんみてぇな男が……」

「子供達は……!? 子供達をどうした!?」


男の話を最後まで聞けないほどにレインの胸は不安で張り裂けそうだった。

その時、男達の顔が醜く歪んだ。


「子供達〜? いたなぁ」

「あぁ。いっぱいいたな!」

「……み〜んな殺しちまったけどなぁ〜ひっひっひ……!」

「なっ……!?」

「だって向かってくるんだもんよ……『騎士団みたいに戦うんだ〜』って! ぎゃーっはっはっは!」

「!!」

(そんな……!)


レインのぎりぎりと噛み締めた唇から血が滲んだ。


「お前も可哀想だな! こんなとこに置いてけぼりとは……ハッ!」

「ぎゃあぁぁぁっ!!」

「あいつだ! あいつが来たぁ〜!!」


突如、いやらしい笑いを含んだ男達の顔は一瞬にして恐怖に染まった。


「助け……!!」

「!」


その時、レインは自分の目を疑った。

今確かに見た光景だというのに、何が起こったのかが理解できない。

その男達ごと、檻が斬れたのだ。

この上なく頑丈なはずの檻は、ナイフで紙を裂くようにすっぱりと、いとも簡単に形を無くした。

足元に響く重い金属音を最後に辺りは静けさを取り戻すと、その男は呟いた。


「ん……死んだか。つまらん」


今自分が斬ったものに向かって、如何にも退屈そうに溜め息をついてみせる。


「誰だ……」


レインは瞬きすることもできぬまま口を開いた。


「……お前こそ誰だ」


その男はレインに近づいた。


「奴隷か? ん……見た顔だな」


鷹の目のような鋭い眼光を携えた男はレインに顔を寄せてきた。


「……」

「まぁいい。この国には腕の立つ男がいると聞いたが……。ただの噂に過ぎなかったようだ」


その男はくるりと背を向けすぐに牢から出ようとした。


「待て!」

「ん……」

「この枷を外せ……!」


レインが叫ぶと、その男は明らさまに面倒臭そうな顔を見せた。


「知るか……。なぜ俺がお前の言う事を聞かねばならん……」


そう言うと、構わずまた歩を進めた。


「でなければ……殺していけ!!」

「……」


レインは本気だった。

自分にはそれほどに何も残されてはいない。

男はレインの瞳を見詰め、もう一度呆れたように溜息をついた。


「俺に命令するとは……生意気な女だ」


そう言って、今度は壁ごと枷を斬った。
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