Butterfly

□2.鷹の目の男
10ページ/10ページ


スタンレ―は痛みで薄れる意識の中、レインが無事バルカンを討ち取った事を知った。


「スタンレ―……!?」

「レイン……様……!」


スタンレ―が対峙していた男は、黒ずくめの男を片手に抱いていた。


「また会えたなァ? レイン……」

「……ジュ―ド!」


レインを見た途端、いやらしく口の端を上げて見せると、抱えていた男の心臓を躊躇う事無く一突きにする。


「影……ッ!!」

「まったくチョロチョロと……けしからん男だ」


ジュードは剣を勢いよく抜くと、ぽいと捨てるように影をこちらに投げて寄越した。

まだびくびくと体を痙攣させながら、影はレインの目の前で血の泡を吹いた。


「……レインっ、……様……」

(影……)

「何か雰囲気が変わったなぁ……抱かれでもしたか。あの鷹の目の男に?」

「……スタンレ―、下がっていろ」


スタンレ―と同志達の安全を確認すると、レインは剣を構えた。


「やはりお前には血が似合うな……。出会った頃からそうであった」

「……」

(レイン様の心を乱そうとしている……! 卑怯な!)


スタンレ―はこの男とまともに戦う事もままならない自分を呪った。


「まだ幼いお前は傷つき血にまみれ、死への恐怖に震えていた……。あの時、王が来なければ私は……」

「……」

「お前を切り刻んでいただろう……」

「!?」

「殺さぬ程度に何度も、何度も、な!」


その口が終わらぬうちに、ジュ―ドはレインに斬りかかった。


「!?」


しかし、レインの姿は霧のように消え去った。


「なにっ!?」


その時背後で微かな殺気を感じ、振り返ると同時にジュ―ドは肩を斬られた。


「ぐわぁ……!!」


突然の事におののき、肩を押さえて飛びのくが、もうそこにレインの姿はない。


「はぁ……はぁ……馬鹿な……! どういう事だ!?」

「……習ったのだ」

「!!」


レインはぴったりとジュ―ドの背後にまわっていた。


「今、お前が突き刺した男に!!」

「ぐわぁぁっ!!」


今度は反対側の肩を斬られ、ジュ―ドは膝をついた。


(馬鹿な!! このほとばしる覇気を自在に消す事もできるのか……!?)


ジュ―ドの顔に、初めて恐怖の色が見えた。

腕を交差して斬られた所を押さえる姿はまるで、恐怖で震える自分を抱きすくめているように見える。


「ふ……ふふ……」


しかし、その顔は次第に狂気に歪んでいった。


「レイン……言ったであろう? お前は甘いと……」

「なに……?」


ジュ―ドはゆっくりと立ち上がり、笑いを携えたまま後ずさりをする。

その時、上の階から凄まじい轟音が響き、その身を揺さぶった。


「!?」

「なんだ!?」


皆一斉に足元を取られた。

天井にある豪華な照明は互いにぶつかり合い、その見事な宝飾はがらがらと崩れ落ちる。


「お前達……この城に入る前に民を懸命に避難させていたなぁ。……私はその時に気付き、城中にある仕掛けを施した」

「なっ……!?」

「爆弾だ……時限式のな」

「!!」


その時、またしても大きな衝撃が大気を揺るがした。

今度はもっと近いようだ。

とても立っていられない。


「くっ……みんな!! 外に出ろ!!」

「ではな……レイン。お先に失礼する……」


ジュ―ドは王族専用の隠し扉にその身を押し込むと、嘲けるように笑った。


「これは、中に一人入ると外からは開けられんようになっている……。ふふ……姑息なバルカンの好きそうな物だ」


扉がレインの眼前でゆっくりと閉まっていく。


「ジュ―ド!! 待て……!!」

「レイン! 何度でも私を殺しに来い……。その度に私は、お前の全てを奪ってやる……は―はっはっは!!!」

「ジュ―……!」


レインは扉に手を伸ばしたが、その時耳を劈く音と共にこれまでで最大の衝撃が部屋を包む。


「!!」


壁が木っ端微塵に吹き飛ばされ、豪華な照明を揺らしながら、天井が大きな瓦礫の塊となってレインの頭上に崩れ落ちてきた。


「レイン様!!」


ずん、という重低音のあとには一瞬の静寂が広がる。

レインは身を硬くしたままゆっくり目を開いた。


「……?」


自分の頭から血が滴ってきた瞬間、ぎょっとしたが、それはレインの血液ではなかった。


「……影!!」


レインに覆い被さるように、しかしレインの体には少しの衝撃も加えぬように、影が支えていた。

夥しい血液は止む事なく、後から後から降り注いでくる。

レインはそこから飛び出ると、影の上にある塊を斬り裂いた。


「ぐはっ……!!」


その大きなものから解放されると影は力尽き、ぐしゃりとその場に倒れた。


「影っ!! しっかりしろ!!」

「……ご無事で……なにより……」


その言葉を最後に、影はぴくりとも動かなくなった。


「……!? ……影!! ……」

「レイン様! 早くこちらへ!!」


スタンレ―は、次々に崩れ落ちてくる瓦礫をなんとか避けながら、影の傍からレインを引きずるように離した。

その時、目の前にさらに大きな断片が落下し、二人の視界を塞いだ。


「影ェェ――ッッ!!」

「いけませんレイン様!!」


反乱軍の多数はすでに入り口まで避難していた。

だがそれを嘲笑うが如く、今度は入り口の外から中に向かって大きな爆発が起こった。


「うわあぁぁっ!!」

「ぎゃあぁぁッ……!!」


レインとスタンレ―は吹き飛んで壁に叩きつけられる同志達を目の当たりにし、狂い出しそうな程の怒りに支配される。


「……!!」

「おのれ……なんと卑劣……!!」


入り口ががらがらと崩れ、わずかな隙間から光が差し込んだ。

スタンレ―は半ば朦朧としているレインを引き、その隙間に入るよう促した。


「レイン様! お早く!!」

「待て……お前はっ……!?」


レインを無理に押し込めながら、スタンレ―はいつものように笑って見せた。


「私は後から必ず行きます」

「ダメだ……!! 一緒に……!!」


そう言いながらも、自分の体格でもぎりぎりなその隙間にスタンレ―が入らない事はわかりすぎるほどにわかっていた。


「くっ……!」


苦悶するレインの頬に涙が伝う。

それを見てスタンレ―はさらににっこりと笑った。


「レイン様……あなたはもう王女ではないと言いますが、私からしてみればあなたは立派に国を背負っておられた。あなたが王女であり……国なのです」

「!?」


次第に隙間は埋められていき、もう顔しか見えないほど小さくなっていた。


「スタンレ―……嫌だ……!」


涙で顔を濡らすレインに、もう目元しか見えなくなったスタンレ―が叫ぶ。


「レイン様! 生きて……! 生きてください!!」

「ス……!!?」


その時、連続で爆発した衝撃に、レインの体は広場の外まで吹き飛ばされた。

家屋の壁に叩きつけられ、顔を上げたその先に城はなかった。


「!」


無残にも打ち崩れた瓦礫の山だ。

そこに赤々と炎が立ち昇る。

塔はぽっきりと折れまがり、その先の民家へと火の手を運んだ。


「皆……そんな……」


レインは自分が何かを握りしめているのに気付いて視線を落とす。


「!!」


それは人間の腕だった。

まだ生々しくびちゃびちゃと血を落としている。


「はっ……!!」


レインはそれを放した際、自分の両手にべっとりと付着した血に気付いた。

敵国の兵士のか、ジュ―ドのか、影のか。

それとも。

巡る頭にスタンレ―の笑顔が鮮烈に浮き上がる。


「……はぁ……はぁ……」


レインは頭を抱えようとして、手を止めた。

髪の毛にもぐっしょりと血が含まれている。

恐らく顔にも。

体にも。




『お前には血が似合う――』




ジュ―ドの言葉が呪文のように繰り返される。

マ―ガレットおばさん。

城内のおびただしい死体。

父と母の首。

町の子供。

同志達。

影。

スタンレ―。

自分に関わる者は死ぬのだろうか。



レインは剣を杖のように立て、引きずるように歩き出した。



自分が血を纏う女だからか。

では、自分が死ねばいい。



レインは歩くのをやめ、力なく膝をついた。

辺りに纏った血が飛び散る。


しかし、スタンレ―は生きろと言った。


自分の為に死ぬ者を守る為。

では、殺す者を殺せばいい。

殺される前に、殺す。

敵という敵を、殺す。


「……おい! 大丈夫か!」


また敵が来た。


レインは剣を突き出す。


殺さねば。


しかし、そこで意識は遠のいた。






3.別離
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ