Butterfly

□1.終わりの始まり
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「あ! レイン様だ〜!」


町に着くと、いつものように子供達が集まってきた。


「ねぇねぇ! 剣教えて〜!」

「僕も! 早く騎士団に入るんだ!」

「ふふっ今度ね!」

「レイン様! 見て見て! こんなに大きいじゃがいもがとれたの!」

「わぁ……すごいな!」


レインは辺りを見回して、美しい町並みに目を細めた。

5年前までの惨状がまるで嘘のようだ。


(本当に……よくここまで……)


民のたくましさに頭が下がる思いだった。

他国との小競り合いはまだあるが、この国の人間はいつでも笑顔を忘れない。

レインはこの国の強さを誇りに思っていた。


「まぁ、レイン様! またそのような格好をなさって……」

「うっ! マ―ガレットおばさん……。だって動きやすいんだもん……」


この国の王女であるにも関わらず、レインはドレスを纏う事はなかった。

いつまた戦争が起きてもいいように常に鎧を身に付け、何か起これば我が身の犠牲はいとわず、いつも戦陣を切って乗り込んだ。


「お帰りなさいませ、レイン様」

「ジュ―ド、すぐに城に戻って稽古だ!」


レインは子供達と離れるとすぐに厳しい顔付きになった。


「ノウマ王国と何かあったので……?」

「あぁ。奴等……先代国王が床に伏せて以来、領土を広げようと躍起になっている。今日も無茶な要求を突きつけてきた。このままでは……協定は……」

「……レイン様!」

「わかっている……。もう二度とこの国を戦火に焼かせる訳にはいかない!」


レインは渾身の力でジュ―ドに斬りかかった。

しかし、容易く片手で受け流される。


「いけませんな……剣が乱れています」

「くっ……まだまだ!!」


レインは国の騎士団の中でも一、ニを争う程の腕前だったが、それでもジュ―ドにはまだ一度も勝った事はなかった。

何をしても見切られているようだ。


「ふぅ……。なぜ勝てん」


レインはその場に座り込んだ。


「レイン様と私の剣には……決定的に違うものがありますから」


ジュ―ドがタオルを渡しながら笑った。

その笑顔にレインは少しムッとした。


「なんだ、それは?」

「……」


ジュ―ドが口を開こうとした瞬間、大臣が慌てて飛んできた。


「レイン様〜っ!! 国王様がお倒れに……!」

「!?」

「早くこちらへ……!!」


その言葉を聞くより先にレインは駆け出した。

少し前から国王は体調が思わしくなかった。

日に日に弱るその姿に、昔の剛健な面影はない。


「父上……」


レインは父に寄り添う母の隣に行くと、手をそっと握った。


「レイン……なんだ、その顔は? 美人が……台無しだ……」


父は笑って見せたが、その弱々しい笑顔が更にレインの胸を締め付けた。


「父上……国の事は私に任せ、どうか御療養ください!」


レインはそれだけ言うと、逃げるように出ていった。

あと少しでもその場に留まれば、きっと涙が溢れていただろう。


「……ジュ―ド」

「はい」

「レインは強い子だが……まだ十七になったばかりだ。……その年頃の娘なら普通は遊びたいさかりだと言うのに……」

「……」

「レインを……頼んだぞ」

「はっ!」


レインは自室のベッドに顔を埋めていた。

近頃の他国の動きといい、悪い事が重なっているような気がしていた。

様々な不安が肩に重くのしかかる。

その時ノックがして、ジュ―ドが入ってきた。

レインはうつ伏せたまま目だけをそちらに向けた。


「なんだ……」


ジュ―ドは重い表情を崩さず、口を開いた。


「国王様の御容態ですが……。もってあと……半月と……」

「!?」


レインは一度上体を起こしたが、すぐにまたうつ伏せた。


「なぜだ……!? 少し前まではあんなに御元気だったではないか! なぜ……!」


先ほど我慢していた涙が止めどなく溢れる。


「レイン様……」


ジュ―ドが寄り添い、優しく頭を撫ぜた。


「ジュ―ド……!」


レインはジュ―ドにしがみつき、子供のように泣いた。

ジュ―ドは優しく抱き締め涙を拭った。


「レイン様……私が傍におります」


そしてそっと口づけた。


「ジュ―ド……ジュ―ド……!」


レインは押し潰されそうな悲しみを振り払うように、夢中でジュ―ドにしがみついた。

肌の温もりと優しい痛みがほんの一時だけレインの心を軽くした。
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