Butterfly
□1.終わりの始まり
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「なぁ、ナミは?」
「あぁ、あの女連れて風呂入ってんじゃねぇか?」
「サンジ飯まだか〜!?」
「あぁ、もうできる。座って待ってろ!」
各自ばらばらと席についた。
「なぁ、チョッパ―! あいつの怪我はひでぇのか?」
不意にルフィに質問され、チョッパ―は少し沈黙すると、テ―ブルを見つめながら答えた。
「いや……鎖骨と肋骨にひびが入ってたくらいで、後は擦り傷程度だ。つまり……」
「ほぼ返り血ってわけか……!」
料理を皿に盛りながら、サンジが驚いた様子で言った。
「……」
「一体何があったって言うんだ……」
その時ドアが開き、ナミが入ってきた。
「ねぇねぇ、みんな見て!」
ナミに手を引かれて入ってきた女は少し前とは別人のようだった。
「!!」
腰まである流れるような黄金の髪は燦然と輝き、抜けるような白い肌は頬と唇だけが朱に染まり、彫が深く整った顔立ちは気品を帯びていた。
その中でも、大きな瞳は澄んだ海のように深い青と緑のグラデ―ションになっており、意志の強さを示すような揺ぎ無い光が宿っていた。
この瞳に見詰められたら、大抵の者は心を奪われるに違いない。
その場はしばしの沈黙に包まれる。
「だ、誰……?」
ウソップがようやく口を開いた。
「ふふっ見違えたでしょ?」
ナミがみんなの反応を面白がりながら言った。
「やっぱ服がいまいちよね〜。でもスカ―トは嫌って言うし……」
服は白いシャツに黒いパンツという簡素なものだったが、それがより一層美しさを引き立てていた。
「お前、なんか別人みたいだな〜!」
ルフィはいつもの調子だったが、サンジは目がハ―トのまま息をするのも忘れている様子だ。
ゾロも珍しく驚いた表情のまま動かない。
(女は……魔物だ)
「傷の具合はどうだ? 痛むか?」
最後にチョッパ―が話しかけると、
「先ほどはすまなかった……。助けてもらって感謝している」
と、先ほどとはまさに別人のように穏やかな口調で話した。
「別にい―よ! ところで、お前名前なんてんだ? おれはルフィ!」
ルフィが食べ物をわしづかみしながら言った。
「……レイン」
「んで、あそこで何があったんだ? 誰かに襲撃されたのか?」
まだレインをまじまじと見ているウソップが質問した。
「……」
「……あれは、お前がやったのか?」
答えないレインに、今度はゾロが質問した。
レインは怪訝な顔のゾロをちらと見ると、少し考えてから口を開いた。
「正確に言うと、違う……」
「あ! やっぱりな〜! あの血は偶然どっかでついたもんなんだろ? いや〜ビビったぜ」
ウソップがわざと陽気に言うと、レインは一度目線を下げた。
「いや……」
「え?」
「あの血は他の人間の血だ。あの城の中の者は全て……」
顔を上げ、真っ直ぐな瞳で全員を見返すと、
「私が殺した」
と、聞き間違う事ができないような口調で言った。
「!!」
「なっ……!」
「嘘……!?」
(この女……やっぱりやべぇじゃねぇか!)
「へ―、お前すげぇな〜。まぁ、立ってねぇで座れよ!」
驚いて言葉が出ない様子の仲間など気にも留めず、ルフィは端っこの席を目で促した。
それに気付いたナミがレインの肩にそっと手を添えながら席へと誘導する。
「でも……どうして?」
ナミは料理を取り分けてやりながら、少し真面目な顔を向けていった。
「……あの国はノウマ。バルカンという王が治めていた。……その国は長きに渡り我が国、クライズメインと戦争を繰り返していた」
「戦争……」
「あぁ……。クライズメインは戦争が行われるまでは平和で豊かな国だったが……」
そこまで言うと、レインはテ―ブルの上の拳に力を込めた。
「ある日家臣の裏切りにあい、国は攻めこまれ、城は占拠された」
「……」
皆、食事をとる手を止めた。
「そしてあの男……バルカンは、私の目の前で……父と母を……くっ……!」
レインは固く目を閉じ、拳を握り締めたまま体を震わせていた。
「レイン! もういいわ……!」
今にも泣き出しそうだと思ったナミが、レインの肩に触れた。
しかし、レインの瞳から涙は出ていなかった。
「でもあれで、かたき討ちは済んだんだろ?」
ルフィがまた食べ物を掴み出した。
レインは拳の力を緩めると、先程よりはやや冷静な表情で続けた。
「いや……、まだ終わってはいない……」
どうにか自分の心を落ち着かせようとしているのか、とても静かな話し方であるにもかかわらず、対照的に語尾が震えている。
そして、その目はこの場にいる何者も映してはいないように、どこか虚ろな様子で遠くを見つめていた。
「私はジュ―ドという男を捜している……」
しかし、その名を口にした一瞬だけ、耐え切れないように顔を歪めた。
「誰だ?」
レインは一度呼吸を整えるように小さく息をつき目を閉じた。
だが、再び開かれた瞳には強い決意のようなものが表れていた。
「マ―カス・ジュ―ド……私の……家臣だった男だ」