Butterfly

□1.終わりの始まり
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体を切り裂く痛み。

荒々しい息遣い。

髪の毛をわしづかみされ、開かれた眼前には――。

 




「うわぁぁぁ―っ!!!」



「……うわぁぁっ!!」


チョッパ―は飛び退いた。

死んだように横たわっていた女が突然、叫びながら起き上がったからだ。

いつものように物陰に顔の方を隠す。


「くっ……はぁ……はぁ……ここは……」

「あら、気が付いた?」


タオルを絞ったナミが笑顔を向ける。


「やっぱり髪の毛はダメねぇ……血が取れないわ」

「血……そうか……。私は……」


一時頭を押さえていた女が突然、目を見開き体を強張らせた。


「……剣……! 私の剣は……!?」

「ここにあるぜ、お嬢さん……」


いつの間にか室内に入っていたサンジが、鞘に納まった剣をちらと見せた。


「返せ……!」

「そりゃできねぇな……。また突きつけられたらたまったもんじゃねぇ!」


続けて、扉の隙間から体を滑らせたゾロが呆れたように言う。


「すんげぇ声だったなぁ〜。お! 起きたのか!」


その次に入ってきたのはルフィだった。


「大丈夫か、お前? 何があったんだ?」

「ここは……お前らは一体……?」

「あぁ。おれらは海賊! ここは海賊船だ!」


それを聞いた途端、女の形相が変わった。


「……海賊……海賊だと!?」


女は突如ベッドから飛び下りると、目にも止まらぬ速さでサンジの手の鞘から剣だけをすらりと抜き取った。


「!」


凄まじい殺気と共に女が斬りかかろうとしたが、ルフィの眼前でその切っ先はぴたりと止まる。


「!?」


ゾロの刀がそれを動かすことを許さなかったのだ。


「……っ」


ぎりっと剣が鳴いた。


「……悪ぃな」


その時、女の鳩尾にゾロの拳が入った。


「ぐ……ぅ……ッ」


女はその場に蹲るように倒れ、その拍子に剣がガランと手からこぼれた。


「てんめぇ〜! レディに何て事しやがんだ! このクソマリモ!!」

「うるっせぇ! 大体てめぇが油断してるからだろうが! この素敵眉毛が!!」

「あんた達うるっさいわよ! 早くベッドに運んで!!」

「は〜い! ナミさん♪」

(こいつらは……一体………)


薄れゆく意識の中で、こいつらは自分が知る海賊とはどこか違うと感じながら、女は目を閉じた。













次に目覚めた時、部屋には誰もいなかった。

今の内に抜け出そうと考えたが、部屋の中には自分の剣がどこにも見当たらない。


「ち……」


とりあえず、痛む体を抱えながら部屋を出ようと立ち上がり、最後にもう一度室内を振り返った。

その部屋の様子から察するに、どうやらここは医療室だったようだ。


「……どこへ行く?」


突如、後方から声をかけられ、女は身を硬くした。

ドアの影に潜んでいたゾロがゆっくりと姿を現す。


「お前は……」

「探しもんはこれか?」


ゾロは女の剣を差し出した。


「!」

「そんなに大事なもんなのか。……さぞいい剣なんだろうなぁ?」


剣をぽんぽんと手に打ち付けて笑っているが、その目には一分の隙もない。


「……」


女はゾロの腰をちらと見ると、


「刀三本……剣士か。ならばわかるだろう。剣士にとって刀は命……」


そう言って手を差し伸べた。


「返せ……もう斬りつけたりはしない……」

「……」


女の目にルフィを斬りつけた時のような殺気はなかった。


「いいぜ……だが、次変な真似しやがったら女でも容赦しねぇ! ……いいな?」

「……あぁ」


ゾロは女の手に剣を置くと、その場を立ち去った。


「……」


女は剣をじっと見詰め、握る手に力を込めた。


(ヤツを、必ず……!!)


その時、ナミが反対側からやってきた。


「あ! あんたちょうどよかった!」

(さっきの………)


女は、ナミが汚れた体を拭いてくれた事を思い出していた。


「ねぇ、一緒にお風呂入らない? その血落とさないとね!」

「……」

「安心して! さっきチョッパ―が入浴は大丈夫って言ってたから。……あぁ、チョッパ―ってのは、さっきのトナカイ!」


終始無言の女に構わずナミは歩きながら喋り続け、更に振り向きざまに無防備といわんばかりの笑顔を見せた。


「トナカイだけど、うちの船医なの。すごいでしょ?」

「……」

「服もボロボロだもんね。あたしのでよかったら貸すわよ?」

「なぜ……」

「え?」

「なぜ見ず知らずの人間にそんな顔ができる? ……私が恐くないのか」


それを聞いてナミは吹き出した。


「急に斬りつけたから? あははっ!」


立ち止まり、女の方に向き直ると、


「海賊なんだからそういうのには慣れっこよ。さっきの奴等だって、最初はすごかったんだから!」


と、もう一度笑顔を見せた。


「……」


女はそれ以来、何か質問する事はなかった。
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