desire

□5.それぞれの想い
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「いねェなァ? デカい虫……」


森の中を彷徨いながら、俺らはだいぶ奥まで来たようだった。


「え!? ……ルフィは知らねェのか?」

「しーっ! チョッパー声がでけェよ!」


俺は慌てて人差し指を口の前まで持ってくる。


「……とにかくだ。最近の仲間内の、不穏な空気を一掃する為の時間だ。今は」


ルフィの少し後から歩きながら、俺はチョッパーに説明する。巨大な虫の話は口実で、とりあえず朝まで船に戻らないようにするだけの簡単なミッションなのだ。後の事はあいつらの好きなようにさせて、俺らは知らんぷりしてりゃいい。


「でも、なんでルフィには言ってねェんだ?」


澄み切った目を向けてくるチョッパーを見て、俺は一旦黙った。フランキーとブルックと三人で顔を見合した後、ふと前方に目を向ける。


「おーい! 虫ぃーっ!! 出て来ーいっ!!」


ルフィは木に登り、網をぶんぶん振っている。もはや、必死だ。


「……なんていうか、」

「時間がないってのもあったが……」

「ルフィさん……」

「あいつが理解できるかどうか……俺には自信がなかった……」


チョッパーが不思議そうに首を傾げた時、ルフィが木から飛び降りてきた。


「いねェなァ、虫……」


ちょっぴりがっかりしたようなその顔に、俺は心が痛んだ。巨大な虫などいないのだ。しかし、なんかもう、冗談でも本当の事は言えない気がする。しかし、ルフィはすぐに表情を戻すと、


「よし! あっちいってみっか!」


と、さらに奥を指で示してみせた。


「えェー? ……まだ探すのかよ?」


いないとわかってるものを探すのは少々疲れてきた。これが朝まで続くのかと思うと、普通に町で宿取った方がよかったな、とか、そんな考えが浮かぶ。ただ、それだと、なんでみんな一緒に行かないのかって話になるだろう。

色々と言いたい事はあったが、言えない。また一つ息を落とした俺にルフィは、当然のような顔をして振り返った。


「いいじゃねェか。まだどうせ帰れねェもんな?」

「え……?」

「邪魔なんだろ? 俺ら」


ルフィの後に続く俺を含めた全員は動きを止めた。


「ルフィお前……」

「知ってたのか……?」

「なに言ってんだウソップ! お前今日、町でそんな話してたじゃねェか! ……最近あいつら変だったもんなー?」


その言葉に、俺は僅か感動した。恋愛系の話には疎そうだと勝手に思い込んでいたが、そうでもないらしい。まァ、ルフィだって青春真っ盛りのお年頃だ。理解できないわけないよな。うん。しかも、虫取りに興じていると見せ掛けて、一芝居うってくれるとはなかなかやる男だ。こいつはやっぱ、すげェよ。さすが船長と見込んだ男だ。


「――で? まさか、虫の話は嘘なのか?」

「え、……」

「いるんだよな? デケェ虫は」


ルフィのその純朴な眼差しを、俺らに受け止める術はなかった。










俺とロビンは裸のまま、図書室でまだ身体を寄せていた。こんな場所で睦み合うのは意外といいもんだと思う。ここはロビンがいつも一人でいる場所で、俺にとってのジムと一緒だ。ここで一人きりでいる時に、今日の事を必ず思い出すだろう。自分が一人で鍛錬している時にロビンを思い出していたのと同じ事が起こると考えただけで、なんだか楽しかった。


「――え? ナミがそんな事を言ったの?」


ずっと疑問が晴れなくて悶々としていた様子のロビンに俺はいきさつを話していた。

俺はナミの唇を無理やり奪った後、船に戻るとまた身体を苛め抜いていた。いつものように没頭したかったが、ナミの唇の感触がどうしても消えず、余計な事ばかりが頭を占めていく。こんな時は、何をしてもいい結果は出ないものだ。


「はァ……やめだ」


大きく息を吐き出すと、俺はベンチに身を投げ出した。皮肉にもあのキスで、ナミが自分の元へは戻ってこないと悟ったのだ。いや。ナミの気持ちが離れているのはその前からわかっていた。いつも自分の気持ちは受け止めてもらっていながら、俺は何一つ返す事はなかったのだから。

自分はずっとナミの気持ちに甘えていたのだ。少しくらい酷く扱ってもきっと許してくれるだろうとか。何の根拠もないのに、その時はどうしてかそんな風に思った。恋愛など修行の邪魔だなんて考えも少なからずあった。俺は強さに突き進む事にかまけて、人の気持ちも自分の気持ちも見ないようにしていたのかもしれない。

しかし、いざナミが去って行くと、驚くほど他の事が手につかなくなった。コックとうまくいっている様子を見て、誰にも渡したくないという想いが込み上げる。身勝手でどうしようもないが、それが自分だ。

コックといる時のナミは、特別輝いて見えたものだ。俺といる時はこんなに幸せそうにしてただろうか。そんな風に思っては、勝手に腹を立てた。

それでも、ナミが幸せならそれでいいと一度は腹をくくったが、近頃元気のない様子を見る度、どうしても放っておけなくなった。一緒に夕陽を見る前、ナミが一人で泣いていたのは知ってる。

しばらくぼんやりしながらそんな事を考えていた。鍛錬で滾っていた身体が冷え、心も一緒に冷えていくようだった。もう一度身体を動かすべきかと思った時、まだ静かな船内で誰かが性急に梯子を登ってくる気配を感じた。


「ゾロ! やっといたっ!!」


ナミが息を切らせて部屋に飛び込んできたのだ。その表情は町で会った時と違い、どこか吹っ切れたように清々しい。


「なんだ、いきなり……」


今まで頭の中を占めていた女が急に目の前に現れ、かなり気まずい思いがした。ナミとは、無理やりキスして別れたのが最後だ。なのに、そんな俺に構う事なく、ナミは一方的に捲し立ててきた。


「いい? よく聞いて! ロビンはあんたの事が好きなのよ!」


は? 自分はそんな顔をしただろう。好きだって気付いたのと同時に手に入らないと分かった女から、別の女の話を振られるなんて。予想できるだろうか。


「ちょっと待て。何言ってんだお前……、」

「いいから聞いて! きっと……ずっと好きだったはずよ! 男なら、その気持ちにしっかり応えてやって!?」


ナミの表情からただならぬ想いは伝わった。だが、理解するのと納得するのは違う。なんでこいつにこんな事言われなきゃならねェんだ。しかも、なんか必死だし。


「今日ルフィ達には何とか船から出てってもらうから! じゃあ、よろしくね!」


一方的に話を完結させて、ナミはすぐに部屋から出て行こうとした。それを見て、慌てたのは俺だ。


「おいおい! 一体俺にどうしろって……」


いまだ困惑している俺に苛立つように振り返ると、ナミは睨みつけてきた。


「そんな事、考えたらわかるでしょ!?」


呆然としている俺を一喝すると、ナミはそのまま部屋を出て行ったのだ。言いたい事は色々あったが、なんかもう、笑いが出てきてどうでもよくなった。

その時のナミの様子をロビンに話し終える頃には、俺はまた笑いが止まらなくなっている。


「な? すげェだろ、あいつ!」


ロビンはしばらく驚いていたようだったが、急に不安そうな顔付きをして俺を覗き込んできた。


「だから……ここに来たの?」


そんなロビンを見て、俺はさらに笑った。ロビンのこんな反応は、ある程度予想していた事だ。いつも考えを掴ませないこの女が、自分の予想通りの反応をする。それが俺の気分を良くしていた。


「俺は人の指図なんか受けねェ。……来たかったから来た、それだけだ」


ナミに言われた事は正直驚いたが、もっと驚いたのは自分の気持ちだった。ロビンの存在に俺は確かに救われて、次第に惹かれていたのだと。遊びのように始まった関係は、ロビンがそういう風に意図してできたものだ。感情の伴わない関係なら、いつでもやめられる。その決定権は俺に委ねて、自分の気持ちは隠したまま、ただ利用してくれればいいと言わんばかりで。

ロビンのそんな一途な想いにある時気付いて、俺は胸が締め付けられた。こんなわかりにくい女はそういない。こんな、優しい女も。目の前でまだ疑うような顔をしているロビンを、俺はそっと抱き締めた。


「ゾロ……」


涙が滲む瞳を見詰めていると、今日は素直なロビンがより愛おしく感じる。俺は、今までどんな女にもした事がないほど優しく触れると、唇を重ねた。
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