desire
□4.ジェラシー
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今朝は爽やかな朝だった。寒くもなく暑くもなく、湿度や風の強さなんかもちょうどいい。料理を振舞って一仕事終わった俺は、レディ達に飲み物をサーブしていた。
「はい、ロビンちゃん」
俺はいつものようにコーヒーをロビンちゃんに渡した。すると、ロビンちゃんは表情を一つも変えないまま、
「ありがとう。……でも、最近は『ロビンちゃーん! 愛のこもったコーヒーだよォォ!』では、ないのね?」
と、静かに言った。朝からするどい突込みだと思う。
「え、いや……そんな風に言ってたかな?」
「……まァいいけど? ふふっ」
怯んだ俺の様子を見て、ロビンちゃんは面白そうに笑った。
「あの女……どこまで意地が悪ィんだ」
少し離れた場所からそれを見ていたゾロが呆れたように呟いた。俺はそれを気にする事なく、キョロキョロと周りを見渡す。
「サンジくーん! あたしにも飲み物ちょうだい!」
ナミさんだ。声を聞いただけで飛び上がりそうになる衝動を抑え、俺は振り返った。その可憐な笑顔はそれだけで生きる希望を与えてくれる。自分の顔が一気に緩むのを感じた。
「はァーい! ただいま!」
俺はものすごい勢いでキッチンに向かった。一秒でも早く彼女の元へ戻りたいとか、そんな一心で。
サンジくんの背中を見てるだけでなんだか幸せだった。いつの間にか微笑んでいた自分を、ロビンがじっと見詰めているのに気付く。
「……ナミ、なんだか綺麗になったわね?」
ロビンみたいな人にそんな事を言われて、あたしは驚いた。
「え、そうかな?」
「えェ……。ふふ」
優しく微笑むロビンを見て、あたしは少し嬉しくなった。その言葉が本当なら、間違いなくサンジくんのお陰だと思ったからだ。あれ以来、サンジくんとはとても上手くいっている。彼はいつでも優しいし、あたしの事をとても大事にしてくれる。なにより、「好きだ」という言葉を出し惜しみしないのが、一番安心できるところだった。愛されてるって実感が、女には何より大事なのだ。
なんだかすぐにでもサンジくんの顔が見たくなり、あたしは自然とキッチンの方へと歩き出した。すると、その途中でふと、ゾロと目が合った。ゾロとは、あれ以来二人きりにならないようにしている。仲間だから、まるきり関わらないというわけにはいかないけど。でも、以前のように一人で会いに行ったりする事はない。
あの時された酷い仕打ちについては、考えないようにしている。あの件について、ゾロが何か触れてくるような事はないからだ。謝るでも、取り繕うでもない。結局、あたしはゾロにとってそれだけの女だったって事だ。あの件で結果的にサンジくんと結ばれたのだから、もういいやと割り切るようにしている。
そんなゾロは、視線を外しているあたしに構う事なく近づいてくる。この男は、相変わらず強引だ。何を言われるのかと、思わず身構えたくなった。
「ナミ、」
あたしはつい足を止めた。すれ違いざまに言われた言葉が、あまりにもゾロらしくなかったからだ。
「この間は、すまなかった……」
あたしにしか聞こえないような小さな声で、それだけ言うと、ゾロはそのまま歩いて行ってしまった。
「え……?」
あたしはそんなゾロの後姿から、しばらく目が離せなかった。
あたしはしばらく部屋で本を読んでいた。ロビンが先ほど出て行って、ここにはしばらく一人きりだ。本のページを読み進めていた手が、ふと止まる。今朝のゾロの言葉が不意に過った。
ゾロはあたしの気持ちなんてどうでもいいんだと思ってたけど、あの時の事をきちんと謝ってくれた。実際の謝罪の言葉よりも、あれからずっとあたしの事を考えてくれていたのかと思えば、信じられないような気持ちだった。
そんな事を考えていた時、不意にドアが開いた気がした。
「……ロビン?」
返答がないまま足音だけがゆっくりと近づいてくるので、あたしは不思議に思って振り返った。
「誰……?」
すると、突然その人影は走り寄ってきた。
「っ、」
反射的にあたしは椅子から立ち上がる。そこにいたのはサンジくんだった。どうしてここに? と、問う暇もないうちに力一杯抱き締められる。
「あっ……!?」
驚くあたしに構わず、サンジくんは安堵したように大きく息をついた。
「はァ……早くこうしたかった」
思いがけずぎゅっと抱き締められて、なんだか胸が熱くなる。
「サンジくん……」
昼間とはうって変わって真剣な表情のサンジくんに、あたしは顔が赤くなるのを感じた。みんなに知られないように、いつも二人きりになれる時間は限られている。一味は恋愛禁止というわけではなかったけど、なんとなくルフィ達には言い出せないままだった。
「……ナミさん」
サンジくんはじっと見詰めてきたと思ったら、すぐに唇を重ねてきた。いつもみたいに柔らかいキスではない。性急に舌を絡ませてくるような、情欲のあるキスだった。
「ん……っサンジ、くん……」
唇は離さないまま、サンジくんが胸を弄りだしたのであたしは少し戸惑う。こんなに余裕のない彼は初めてだった。
「う……ん…………ちょっ……」
そのまま自分のベッドに押し倒され、止まりそうもない彼に、あたしは抵抗した。
「ちょっと、……サンジくん!」
「……ん?」
「ここでは……ダメよ! ロビンが帰ってきたらどうするの!?」
すると、サンジくんは一度あたしから身体を離した。
「ロビンちゃんなら……今夜は帰ってこねェよ」
「……え?」
驚くあたしを見て、サンジくんの方が、少し意外、という顔をした。
「え、全然聞いてない……?」
今朝ゾロとナミさんが小さな声で何かを話しているところを、俺は見ていた。彼女にオーダーされた飲み物を持って、気付けばその場に立ち尽くしている。離れた位置から見てもとても親密そうな雰囲気の二人に、俺は少しショックを受けたのだと思う。あれ以来、あの二人が明らかに距離を取っていたのを知っているからだ。
共に船で過ごす仲間だから、急に喋らなくなるってのは不自然だ。二人もそう思ったのか、戦闘時や航海時においては前と変わりなく振舞っていた。だが、二人きりでいるところは見た事がなかった。俺は何かを囁き合っている二人を呆然と見ているだけ。二人の間に割って入るわけじゃなく、かといって見なかった事にもできず。結局その場に馬鹿みたいに立ち尽くしていたのだ。
そんな俺の様子を見ていたのか、ロビンちゃんは突然傍に寄ってくると、こう言った。
「ねェ、サンジ? ……今夜わたしは部屋にいないわ」
「……え?」
急にそんな事を言われて驚いた俺に、ロビンちゃんはにっこりと微笑んだ。
「だから、ナミが寂しくないように……遊びに来てくれないかしら?」
その時のロビンちゃんが女神のように輝いて見えたのは、言うまでもない。
サンジくんからロビンが言い出した事を聞いて、あたしは驚きを隠せなかった。
「ロビン……あたし達の事知ってたんだ……。え、でも……ロビンは今どこに行ってるの?」
その質問にはサンジくんはなぜか沈黙した。少しの後、ため息と一緒に吐き出された、さァな、という言葉に、あたしは違和感を覚えたが、なんとなくそれ以上聞く事は出来なかった。
「……そういう事で、おいで」
両手を広げたサンジくんの胸に、あたしは遠慮なく飛び込んだ。ぎゅっと抱き込まれ、あらためてベッドに倒される。色んなところにキスされて、くすぐったさに笑っていると、ふと、見詰められる。吐息が触れ合うほどの距離で、真っ直ぐに見詰めてくる彼の目は、何か訴えるかのように揺れている。いつもは軽薄な言葉を簡単に寄越してくる彼の、こんな表情はずるい。
「好きだよ……ナミさん」
身体を重ねている時、サンジくんは何度でも愛を囁いてくる。こんな関係になる以前から聞き慣れていたセリフなのに、どうして今はあたしの胸をこんなに熱くするのだろう。
「あっ……あっ……サンジくん……っ、」
しかし、あたしが今にも達しそうになると、突然サンジくんは動きを止めた。
「――まだ、ダメだよ?」
「っ、……はァっ……ぁ……」
さっきから焦らされてばっかりだ。
「……意地悪ね」
「そうだよ……」
苦しそうなあたしに構わず、サンジくんは動かないまま軽い愛撫を始める。今日はずっとこんな調子だ。繋がっているところはこんなに熱くなっているというのに。じりじりとした熱が燻ったままで、発散されないのは辛かった。彼はそんなあたしの様子を見て楽しんでいるのだろうか。
今日のサンジくんは意地悪なわけが、あたしにはさっぱりわからなかった。