desire

□1.ゾロ×ナミ
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「なァ、次の島はまだかよ?」


ルフィが寝そべりながら聞く。今日は端から端までゴロゴロしていて、だいぶ退屈のようだ。


「まァ、ちょっと待て。……いや、まだ何も見えねェな」


ウソップは熱心に双眼鏡を覗き込んでいる。ルフィはそれを聞いて身体を起こした。


「あーっ暇だっ!! おいっゾロ! 釣りすんぞ!」

「じゃあ、どっちが大物釣れるか勝負だな」

「望むところだっ!」


二人は競いながら釣りを始めた。それはいつもと変わりない風景だ。あたしはそれをしばらくぼんやりと見詰めながら、普段と何も変わらない様子のゾロにため息を零す。昨夜あんなに激しく抱いた事など、微塵も感じさせない。まァ、当然かもしれない。ゾロにとっては大した事じゃないのだろう。あんなに変わらない態度ができるのはきっと、あたしに対して何も感じていないからだ。あたしは、いつの間にか俯いていた。







「はい。ロビンちゃん」

「ありがとう」


俺は先ほどロビンちゃんからオーダーされたコーヒーを運んできた。今日も奇麗だなんて軽口を叩きつつ、無意識にナミさんの姿を確認する。俯いて元気がないような姿を見て、そこから目が離せなくなった。彼女が見ている先には、ゾロがいる。


「サンジ……これは紅茶のようだけど……?」


その声に、俺はハッとした。


「ご、ごめん! すぐ淹れ直すよ!」

「……珍しいのね。ふふっ。まったく……コックもかたなしだわ」


ロビンちゃんは俺の視線を辿って、何かを悟ったように笑った。彼女には、すべて見透かされているのだろう。自分がなんとも言えない表情になるのを感じる。

キッチンに戻ろうとした時、しばらく遠方を見ていたウソップが驚いたように声を張り上げたのが聞こえて足を止めた。


「お、おい! やべェぞ! 海軍だっ!!」


それを聞き、いち早く反応したのはゾロだ。待ってましたと言わんばかりの男を見て、息を落とす。退屈しのぎにちょうどいいとか、そこらへんだろう。


「軍艦か! 何隻だ!?」

「まだ一隻しか見えねぇが……ん? ちょっと待て」


ウソップは慎重に双眼鏡を覗き込んでいる。


「あれ……軍艦じゃねェぞ……」


一同は遠方に目を向ける。その影は次第にはっきりとした形をなした。


「なんだあれ?」


海軍の旗をかかげたそれは、軍艦ではなく非常に小さな船だ。波間に消えそうなそれは非常に頼りなく海を漂っている。


「……小っちゃっ!!」

「誰か乗ってるぞ……」

「なんか、手振ってるように見えるが……」

「……おーい。おーいっ!」


その小舟はこちらに向かってくる。


「なんだあのじいさん?」

「お一人のようですね……。もしや遭難者では?」

「いや、そりゃねェだろ! 聞いた事ねェぞ。海軍が海賊に助けを求めるなんざ……」

「おーいっ!! 海賊やー! ……」


その老人は遂に船をぴったりと寄せてきた。


「助けてくれェっっ!!」

「……いや、助け求めんのかよっ!!」









「はァ……助かったわい!」


その老人は俺の出してやったお茶を旨そうにすすっていた。芝生の上のじいさんとお茶。とても和む風景だ。このじいさんが海軍でなければ。


「じいさん海兵なのか?」

「もちろんじゃ! わしは中将の……ん?」


中将と聞いて、俺は眉をひそめた。それを言った当人は、俺と同じような表情のゾロに目をやると、そのままマジマジと見詰めている。


「……今確かに中将って言ったか、あのじいさん」

「……えェ。そう聞こえましたが……」


小さな声で囁き合う仲間の間にも、少し緊張したような空気が広がっている。そんな空気を意にも介さず、老人はお茶を飲み切ると、突如立ち上がった。


「おぬし……ロロノア・ゾロか? ……ならばお前らはもしや……麦わらの一味!?」

「ああ。そうだ」

「なんと……! 一人で釣りに出てそのまま寝入ってしまい、大海原で迷いに迷って辿り着いた船が麦わらの一味の船だとは! ……これは奇跡か!?」


老人は驚いたように一人、捲くし立てる。


「いや……偶然だろ」

「ようするに迷子だったのね……」


これは何かの罠かと疑っていた矢先、そんないきさつを聞いて俺は息をついた。呆れを通り越して、仲間の中にもまた和む雰囲気が戻ってきそうになっている。しかし、老人の身体から急に凄まじい殺気が発せられ、一同はその場から飛び退いた。


「なんだ……!?」


激変した老人の様子に、全員が戦闘態勢に入った。もちろん、武器を構えるのが一番早かったのはゾロだ。老人は腰に提げていた刀を抜くと、その切っ先をゾロに向けた。


「ロロノア・ゾロ! わしと一勝負願おうか?」








しばし前から激しい攻防が続いている。


「……すごい」


あたしの目では二人の動きにとても追いつけない。でも、なんだかゾロが押されてる気がする。集中している様子のゾロに対して、相手の老人といえば、終始涼しい顔だ。次第にゾロの息が上がり、動きに鈍さが出ているようだった。


「くっ……、」

「……こんなものか。ロロノア・ゾロよ」


ゾロが遊ばれている。今までどんなに強い相手と戦っても、ボロボロになっても、ゾロは見事に捻じ伏せてきた。こんな一方的な勝負は初めて見る。ゾロの身体が小さく斬られる度、身体がびくっと震えた。あたしはいつの間にか手をぎゅっと握りしめている。ルフィも、他のみんなも同じ気持ちだったと思うけど、誰一人として邪魔立てするような人間はいない。


「……つまらんな」


老人はすっと回り込むと、ゾロの足を軽く斬りつけた。


「……うっ!」

「ゾロ!!」


ゾロは片膝をつきながら、老人を忌々しく睨みつけた。


「っ……その太刀筋には覚えがある。ジジイ……てめェ一体何者だ?」


その時、再びウソップが叫んだ。


「おいっ!! 今度こそ軍艦だ!!」

「何ィ!?」


一隻の軍艦が、いつの間にか見える距離まで近付いていた。この老人一人でも大変なのに、ここに軍艦一隻分の戦力が加わったらどうなるのか。いまだ立ち上がらないゾロを気にしつつ、みんなは迎撃態勢を取る為にバタバタと走り回っていた。


「どうやらお迎えが来たようじゃな……。勝負はひとまずお預けじゃ」

「……待てっ! まだ勝負は……」


老人は船から飛び降りる間際にゾロの方を振り返ると、


「まったく……師匠が泣くわい」


そう言って姿を消した。









「久しぶりの島だなァ! おれが一番乗りだァー!!」

「おっ! 待てルフィ! 一番乗りはおれだーっ!!」


あれから新たな島へと着くと、大喜びのルフィとウソップが船から勢いよく飛び出していった。それに続いて歩き出したみんなに紛れて、あたしはチョッパーに近付くと、ゾロの傷について尋ねた。


「あァ。傷は大した事なかったけど……ゾロはすぐ修行始めるからなァ」

「しかし、マジで何だったんだあのじいさん?」


みんなが喋っている後ろを黙って歩きながら、あたしはあの時のゾロの顔を思い出していた。あの老人が去った後の、ゾロのあの顔。互いに全力を出し切って負けたのなら、あんな悔しそうな顔はしないだろう。きっと今頃無茶なトレーニングをしてるに違いない。


「ナミ……どうしたの?」


ロビンに話しかけられ、ハッと我に返る。


「あたし……忘れ物しちゃったみたい! みんな先行ってて!」


気が付くと、あたしは船の方へと走り出していた。


「珍しいですねェ。しっかり者のナミさんが……」


そんなブルックの言葉を背中に受けつつ、何か言いたげなサンジくんの視線も顧みず、あたしは船内へと向かっていた。どうしても、ゾロの事が気掛かりだったのだ。

船内に戻ると、すぐに男部屋を確認した。そこにゾロの姿はない。いつも深夜までジムで鍛えているゾロは日中眠っている事が多いので、そのまま船番を任せられる事がしょっちゅうだ。(置いてきぼりともいう)。だけど今は、眠っているわけではない気がした。あたしは自然と展望室を見上げる。








島に着いたのはわかっていた。だが、俺は外に出る気にはならず、しばらく鉄の塊に苛立ちをぶつけている。


「クッソ! あのジジイっ! 何だってんだ……!」


まるで、大人と子供の勝負だった。遊びのようなそれにまんまと翻弄され、片膝をつけさせられるとは。あのジジイが本気じゃなかった為の苛立ちだが、もし本気だったらウチはどうなっていたと考えると、さらに苛立った。

斬りつけられた脚に鋭い痛みが走り、揺さぶっていた鉄の塊を放った。身体が酷使され、息が乱れる。どのくらいの時間自分はこうしていたのだろう。はあ、と息をついて、ふと、老人の最後の言葉が頭を過った。師匠が泣く。ジジイは確かにそう言った。あの太刀筋はやはり、間違いない。


その時、ここに誰かが近付いてくる気配がして、俺は眉をしかめた。


「……あ! やっぱり! だめじゃない! まだ安静にしてないと!」


ナミだ。心配そうに見詰めてくる顔を見て、なぜか苛立った。


「……うるせェ。どっか行け」


今の自分にとっては、誰に何を言われようとも苛立ちの原因になっただろう。こんな時は放っといて欲しかった。俺はナミに目もくれず、無言でまた鉄の塊を拾った。そんな俺を見て、ナミはわかりやすくムッとした。


「……何よ。イライラしちゃって。そんなに悔しいの!?」


その言葉に俺は動きを止め、ナミを睨みつける。


「……なんだと?」

「だから、負けたのがそんなに悔しいのかって言ってんのよ!!」


俺は苛立っていた。それは自分でも十分認めているが、それを人に指摘されるのは嫌だった。鉄の塊をまた投げ捨て、憮然とした表情のままないナミに近付く。


「勝負はまだついてねェ!! 何も知らねェのに口出しすんなっ!!」


自分でも思ったより大きな声が出た。怒鳴りつけるような形になり、ナミは少し怯えたように身を縮めている。


「……なによ。心配してきたのに……」


その瞬間、俺はナミの腕を掴んでいた。


「――俺はお前に心配されるほど弱ェのか?」

「きゃっ……!」


そのまま乱暴に引っ張ると、ナミをベンチに投げ放ち、うつ伏せのまま押さえつけた。堪らなかった。無様に負けた自分も、苛立つのに、何もできない自分も。一心不乱に鍛えたって、すぐに強くなるわけじゃない。それをナミに見透かされたようで、腹が立った。ナミは抵抗したが、俺はやめる気はなかった。


「ゾロ……やめてっ!」


恐怖を感じているような、悲鳴に近い声だった。なのに、自分の心は動かない。なんでもいい。発散したかったのだと思う。


「……黙って抱かれてろ」


そう耳元で囁くと、ナミは驚いたように身体を強張らせた。












「いや! ……うっ……!」


抵抗したくても腕力では到底かなわなかった。押さえつけられ、下着だけ剥ぎ取られると、恐怖で身体が震える。脚を無理やり開かされ、すぐにゾロは強引に入ってこようとした。やめて、と、自分の口から出てくる訴えがあまりにも弱々しい。怖い――。嫌だ。


「ぅ……く……っ」


身体を引き裂かれるような痛みに声が漏れ、言いようのない絶望が心に広がる。


「……、っ、痛っ……」


自分にとっては苦痛でしかない時間が、それから永遠と思えるほど続いた。あたしはいつしか抵抗するのをやめ、ただひたすらこの苦痛が去るのを待つ。酷い。最低だ。こんなバカを心配した事を心底後悔した。だけど、ここに来たかったのは自分だ。なんだかんだ理由をつけて、ゾロに会いに来ていたのは、いつも自分だった。

やがてゾロが身体を離すと、あたしは痛みを堪えて振り返った。


「ゾロ……! あたしって……一体なんなの……!?」


ゾロは、ハッとしたように目を見張っていた。そこには、いつもの自信過剰な笑みはない。あたしの目から、いつの間にか溜まっていた涙がぼろっと零れる。それを見て、ゾロは僅か戸惑ったように目を左右に揺らしていた。


「抱きたい時抱ける都合のいい女ってわけ!? それだけなの……? あたしは……もっとゾロの心に入りたかった!」

「っ……、」


ゾロは驚いたようにしばしあたしを見ていたが、一度目を閉じると、やがて静かに背を向けた。


「――優しくされてェんならコックのとこでも行け」

「……え?」


考え得る中で、一番最悪な言葉だったと思う。あたしはもう何も考えられず、その場を飛び出した。
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