desire

□1.ゾロ×ナミ
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俺はいつものように厨房に立っていた。明日の料理の仕込みをしなければならないからだ。不意に展望室の方角に目をやり、また食材に目を戻す。こんな動作を、何度も繰り返している気がする。料理をしている時は、大抵の事は忘れられた。だけど、この時間だけは別だ。

いつからだったろう。ゾロとナミさんがそういう関係だと気付いてしまったのは。二人が想い合っているなんて、最初はまったく気付かなかった。二人からそんな甘い空気は感じた事はないし、仲睦まじく笑い合っていたとしても、それは単なる仲間としてだろうとか、そんな風にしか思わなかった。

けれど、よく考えればいつそうなってもおかしくないと思う程度には、あの二人は信頼し合っているのだ。

俺は彼女の幸せを心から願っている。だから、相手が俺じゃなくても別にいいんだ。そう思い、手を動かそうとするのに、気付いたらまた手が止まっている。俺は独り苦笑しながら、深く息を吐き出した。普段よりかなり時間がかかっている。こんな夜は、いつもそうだ。


「片付けるか……」


なんとか仕込みを終え、片付けを始めた時、扉を無遠慮に開ける音がしたが、俺は顔を上げなかった。こんな時間にこんな入り方をしてくるのは一人しかいないからだ。ゾロはそこらに置いてある酒瓶を一つ手にすると、立ったまま煽り始めた。

貴重な酒を水みたいに飲んでんじゃねェよ、と思いつつ、俺は黙っていた。深夜にこの男と言い合うのは面倒だ。ゾロも同じように思っているのか、一度俺を見ただけで特に何か言う気配はなかった。それはいつもの事といえばそうだったが、今夜は特に、顔を見るのも鬱陶しく感じる。なのに、一本飲み切ってそのまま出ていこうとしたゾロに、俺は声を掛けていた。


「おい」

「……あ?」

「ナミさんを知らねェか?」


聞かなくともいい事だった。だけど、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。


「……さァ。知らねェな」


なんとなく、わかっていた答えではあった。ゾロは何も考えずに言ったような感じだったが、その手軽さに腹が立った。ナミさんの事も軽く考えているのではないかと感じるからだ。


「――傷つけるような事があったら俺が許さねェからな?」


努めて、いつものような言い方をしたつもりだった。しかし、ゾロはそんな俺を見て笑っていた。自分の中で渦巻く怒りが、弾けそうになる瞬間だった。


「あァ、ナミな。寝てんじゃねェか? ……随分疲れてたみてェだからな?」

「っ、」


途端に言葉を飲み込んだ俺に、ゾロは口元に笑みを宿したまま出て行った。俺は渦巻いていた怒りよりも、ナミさんの身が気掛かりになった。居ても立ってもいられなくなり、展望室を見上げる。そこは相変わらず照明が灯っていた。











「ん……」


気が付くと、あたしはジム内にあるベンチの上に寝かされていた。しばらく気を失っていたようだ。辺りを見回すが、ゾロの姿はすでにない。


「……まったく。信じらんない……」


ゾロとは恋人同士というわけではないけれど、事が済んだらそれで終わりっていうのはどうかと思う。身体だけの関係。最初はそれが気軽でいいと思っていた。だけど、まだ熱が残る身体とは裏腹に、心にはどこか虚しい気持ちがあるのを感じる。

好きにされた身体には僅かに痛みが残る。あたしは自らをそっと抱きしめ、衣服を整えて立ち上がろうとした。


「……ナミさん?」


ふと見ると、いつの間に登ってきていたのか、サンジくんが顔を覗かせていた。


「え、……サンジくんっ……ど、どうしたの?」


服を整えた後だった事に安堵しつつ、それでもなにか後ろめたさを感じて、声が上擦る。


「いや……灯りがついてたから」

「あァ……。ゾロと交代したんだけど……なんかウトウトしちゃってた」


なんだかこの人の顔をまともに見る事ができない。サンジくんはあたしを心から心配しているような顔で見詰めてくる。


「天候も安定してるみたいだし……部屋に戻るね」


それだけ言って歩き出そうとしたが、思いのほか足に力が入らず、あたしはうっかりバランスを崩した。


「……大丈夫?」


床に倒れると思ったのに、気付くとあたしはサンジの腕の中にいた。結構離れた位置にいると思っていたのに、さすがだ。


「ごめん……」


ゾロに抱かれたばかりだという事を悟られたくはなかった。あたしは気まずさからすぐに身体を離そうとしたけど、サンジくんはすぐに解放してはくれなかった。


「ナミさん……」


そのまま力強く抱きしめられ、あたしは驚いた。サンジくんが軽薄な態度を取るのはいつも通りと言えばそうだったけど、なにか、今は違っているように感じたからだ。あなたの事が大切です。そんな想いがどうしようもなく伝わってきてしまう。

心が痛くなった。あたしは、こんな風に大事にされるような女じゃない。サンジくんの腕をゆっくりと解き、柔らかく身体を離した。サンジくんは何も言わなかったけど、あたしを気遣うような目で見るのをやめない。あたしはいつも通りの笑顔を見せた。


「じゃあね、サンジくん……おやすみ!」


わざと明るい声で言うと、何か言いたげなサンジくんに背を向け、あたしは逃げるようにその場を後にした。
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