カタルシス

□3.愛欲
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ルフィはナミの腕にあるタトゥをそっとなぞった。


「……」


ここには以前、全く違うものが彫られていたのだ。

今の形になるまで、ナミはそれを隠すような服をよく着ていた。

それはタトゥだけではなく、体や、心の奥を必死に、懸命に、隠そうとしていたのだ。

欲しい物は奪うのが海賊だが、奪った後の事は考えないものだ。

その物に心がある事など、思いつきもしないのだ。

自分がなりたい海賊とは、そんなものでは決して、ない。


「ん……」


その時、ナミが薄く目を開けた。


「悪ぃ。起こしたか?」

「ううん……。寝ちゃったんだ、あたし……」


ナミは驚きつつも、嬉しくなった。

いつの間にか眠って、何となく目が覚める。

こんな当たり前の事ができて、とても嬉しかった。

どこか真面目な顔で自分を見つめたままのルフィに、ナミは自然と微笑みかける。

いつも少年のようなその瞳は、今はどこか大人びて、自分を優しく見つめ続けている。

それだけで、ナミは心が熱くなるような気持ちだった。

そっと頬に触れただけで、まるでそれが当然の事のように、二人の唇は重なる。

今まで抱え込んでいたものを解放してやるかのように、二人は何度も、口付けた。


「今の……あたしだけ見て……」

「過去があっての、今だろ?」

「ルフィ……」


ナミは、口付けながらルフィの上に覆い被さると、じっとその瞳を見た。

その瞳の中は、どんなに深く見つめても、変わる事がない。

どこまで奥を見ても、その瞳に嘘は欠片も、ない。

自分自身を嘘で塗り固めてきたナミにとって、その瞳は絶大な信頼の証とも言える物だ。


「ルフィ、好……」


言いかけたナミの唇を、ルフィは指でそっと塞いだ。


「好きだ、ナミ。……おれが、お前を、好きなんだ」

「……!」


その時、その信頼の証に見つめられながら、ナミは心にずっと居座っていた何かが出て行くのを感じた。

それらはきっと、もう戻っては来ない。

きっと、もう永遠に。

二人はもう一度抱き合い、そっと唇を重ねた。







「……あいつら、まだか?」

「腹が減ったら勝手に来るだろ……」


その時、キッチンへと急速に近づいてくるけたたましい足音が聞こえた。


「ほら、おいでなすった……」


乱暴にドアが開かれ、それと同時に獣のように叫ぶ声が室内に響き渡る。


「サンジ、腹減ったぁぁーっ!!! 飯ぃぃぃぃーっ!!!!」

「……」

「……ほらよ」


しかし、ルフィの眼前に差し出された物は通常サイズ、つまり、掌ほどの小さな肉の塊であった。


「……あ? 何だよ、これ!? 全然足りねぇぞっ!!」

「後はナミさんのだ。……それ噛み締めて食ってろ」

「これしかねぇのかっ!? マジかっ!? ……クッソしょうがねぇ! じゃあ酒っ!!」


満たされるには絶望的に遠いが、ルフィは何とか酒で胃袋を誤魔化そうと考えたようだった。

その時、ゾロが冷ややかに空っぽの酒瓶を振って見せた。


「ねぇな。……さっき飲んじまった」

「はぁぁっ!? なんだよ、酒もねぇのかっ!?」

「ねぇ」


ルフィは泣きっ面に蜂、というものを全身で表した。

しくしくという泣き声が聞こえてきそうなほど、悲壮感に溢れた船長の肩に、狙撃手が優しく手を置く。


「まぁ、そう落ち込むな。お前の特等席は俺が修理しといてやったから」

「そうか……ウソップ……ありが……」


しかし、謝意を述べようとしたルフィを制するように、ウソップは冷たく言い放った。


「でも俺は船大工じゃねぇから……崩れて海に落ちないように気をつけるんだな……」

「……!?」


皆すましてはいるが、どこか棘のある、険悪な雰囲気を隠し切れずにいた。


「なんだ……!? なんなんだっ!! お前らちょっと変だぞっ!!」


その時、ナミが笑顔でそこに入ってきた。


「みんなーっ! 島が見えたわよ!」


それにいち早く反応したのは誰でもない、ルフィだった。


「マジかっ!? ナミっ!! ……それは……それは、肉がある島なのか……!?」


ナミに飛び掛る勢いで肩を掴むが、その顔は今にも泣き出しそうな、どこか情けないものだった。


「はぁぁ? 知らないけど……町くらいあるんじゃないの? あと二時間もしたら着くわよ」

「……二時間は……待てねぇ……待てねぇんだ……!」


ルフィは震える手でナミを揺らしながら、哀願するような目を向けた。


「ナミ……そこに着く間、お前の蜜柑を10個……いや、5個でもいいっ!! おれに食わせろっ!!」

「……い・や・よ」

「なんでだよっ!? お前、おれの事好きって言っただろっ!!」

「ちょっ……それは関係ないわよっ!! てか、そんな事みんなの前で言わないでっ!!」


ナミはルフィを突き飛ばしながら、これが本当に自分の惚れた男なのか、と自問する。

先程まで信じて止まなかった瞳の中には最早、肉しか映ってはいない。

床に這いつくばって食べ物の名を口にし続けているこの男で、本当に良かったのだろうか。


「ナミ、大変だな」

「あぁ、こいつでよかったのか?」

「俺の胸はいつでも空いてるよ!」


しかし、ちらと見た三人の表情は、悪戯な笑みを携えているにもかかわらず、二人を見守っているような、温かい眼差しを注いでくれていた。


「……」


ナミはその眼差しに応えるように微笑むと、あらためて仲間達に大きく感謝した。

今の自分があるのは、ここにいる男達のお陰だ。

今からこの船は自分が照らしていこう。

もう嘘も偽りも無い、この笑顔で。


「肉ぅぅぅーっ!!!!」

「ないわーっ!!」






END






あとがき


ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

「desire」とはまた違ったものにしようと思ったのですが、そのせいで全体的に暗〜……い物語となってしまいました。

ナミがモテモテで困りましたね! 

piratesではなくparadiseですよってね。

さて、書き終わった感想としましては、ぎりぎり間に合ったか、という感じです。

なぜかというと、この作品を最後に、少しお休みしようと思っているからなのです。

実は一週間後に出産の為、里帰りしなければならないのです。

なので、しばらくはさすがに更新できないと思います。

しかし、立派に産み遂げて、必ずや戻って来る事をここに誓いますので、どうか忘れないようにお願いいたします〜。

あ、もしかしたら軽いS・Sくらいは描くかもしれませんので、油断なさらないように……。

ではまた、二児の母になった後に、お会いしましょう
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